秋雨、物申す。

 屋台を返却し終えた私達の前に、見計らったかのように現れた豪華では無いが落ち着いた感じの馬車に乗り、レオンさんの家に向かっている道中。

 あまりにも私が物珍しそうにキョロキョロしていたのでしょう、レオンさんが話しかけてきます。


「馬車がそんなに珍しいか?アキサメ」


 はい、とっても。生まれた初めて乗りました。


「そうですね。馬車に、乗るのは初めてです。

 街並みを、ゆっくり、見たり、心地良い馬の蹄のリズムが、とても風情がありますね」

「.....あまり隠す気も無いのだな」

「はて、何の事でしょう?」

「まぁ良い。お主、変わっている、とよく言われるだろう?」


 ご名答です。


「其れなりに。私にとっては、褒め言葉ですよ」

「なるほどな。流石は商人だ」


 人と同じ事を考えて動いていては、仕入れ担当バイヤーなんてやってられませんから。


「アキサメさん、この馬車凄いですね!全然揺れませんよ?中も広々してて、快適ですね〜」

「アキサメ、この反応が普通だぞ。一応最新技術を盛り込んだ馬車だからな?」

「成程。勉強になります」

「アキサメお兄さんは大人なのにおべんきょうするんですか?リズはおべんきょうは苦手です〜」

「お嬢さん、人間、何歳いくつになっても勉強ですよ。学ぶ事で、人生を豊かにするのです」

「なるほど〜、べんきょうになります!」

「.....もう良いわ」


 あらあら、本当ですよ?

 っと、そんなやり取りをしている内に、一軒の邸宅の敷地内に馬車が入りました。


「うわぁ!綺麗なお家!お庭も綺麗〜!お花がいっぱい咲いてる!」


 ルーチェが馬車の窓から見える、レオンさんの邸宅に感動しています。

 確かに、綺麗に整えられた上品なお庭は素晴らしいですね。

 ロータリーを回った先に馬車が停まると、玄関先で待機していた執事らしき人が、馬車の扉を開けます。

 きちんと先触れが走っていたのでしょう。場所を降りた先には、10名程のメイド達が整列しており、中心には1人の女性が立ち、出迎えてくれました。


「お帰りなさい、あなた。

 リズ、元気そうね。会えて嬉しいわ。

 それと、そのお2人がお客様かしら?」

「今帰ったよ、サーシャ。

 紹介しよう、私とリズの友人の、アキサメと、ルーチェだ」

「初めまして、奥様。私、〈気まぐれ猫〉という店を営んでおります、アキサメ・モリヤ、と申します。以後お見知り置きを」

「初めまして、奥様。私はルーチェ、といいます。〈気まぐれ猫〉の従業員です」

「お祖母様、こんにちは!ルーお姉ちゃんは、リズとなかよしさんです!」


 にこやかな笑顔で挨拶を交わすリズ。私とルーチェは、困惑の表情を隠し切れていないでしょう。

 だって、サーシャと呼ばれたこの女性、どう見ても、20代にしか見えないのですから。


「サーシャの見た目に驚いているんだろ?

 こう見えて、サーシャは儂と歳はそう変わらんからな?」


 いや、そんな事言われても。レオンさんの娘さんにしか見えませんって。

 レオンさんを、あなた、と呼ばなかったら、私はサーシャさんを、奥様、とは呼べませんでしたよ?


「サーシャ様は、エルフなのですね」


 え、そうなんですか?

 やっぱり、エルフさん達は長寿という事ですかね。それにしても、似てませんよね?マルクさん。


「ええ、そうよ。貴女にもエルフの血が流れているのね。でも、濃くは無い。ハーフかしら?その瞳の色は...」

「サーシャ、そのくらいにしなさい。

 すまんな、ルーチェ。妻に悪気は無いのだ。

 アキサメも気になっているようだが、サーシャはエルフ族で、第二夫人、正妻は、領主邸で息子と暮らしている。名前はローザという人族だ。

 残念ながら、サーシャとの間には子に恵まれ無くてな」

「あなた...」


 少し、寂しそうに言うレオンさんとサーシャさん。

 貴族に嫁いだ女性が、子を産めなかったとなれば、それは、周囲からの風当たりの厳しい暮らしだったのであろうと、想像がつきます。

 後継者として男子が2人も出来たんですから、良いと思うんですがね。貴族社会の機微は良く分かりません。

 それにしても、


「レオンさん。何で、貴方が辛そうな顔をするのですか?

 本当にお辛いのは、サーシャさんでしょうが。

 ローザ様という正妻の方との間に、子が出来て、きちんと後を継がせたのでしょう?

 いつまでも、レオンさんがそんな顔をしていてサーシャさんが喜ぶとでも?

 男のくせに、女々しいったらありゃしない。

 それでも、この辺境の地を任され、統治してきた者ですか?

 「これからの人生楽しませてやる」くらいの事を笑って言いなさいな。

 一緒に愛を育んできた、大切な女性なんでしょう?」


 私の言葉に、そこに居る全ての人が、驚愕の表情となりました。あぁ、リズお嬢様はキョトンとしてます。


「ア、アキサメさん、少し言葉が...」


 ルーチェはオロオロしています。

 執事の男は、今にも殴りかかって来そうなくらい、私を睨んでいますねぇ。

 私は、レオンさんを真っ直ぐ見つめたまま、視線を逸らさない様にしています。

 さぁ、どうぞ、レオンさん?


「.......くくっ...アーハッハッハ!!

 聞いたか、サーシャ。

 此奴、儂に説教しよったぞ!

 まだ20数年しか生きておらぬ小僧に、見事に言われてしもうたわ」


 そう言って、レオンさんはサーシャさんと向き合うと、その見事な体躯をしっかりと折り曲げて、


「サーシャ、すまなかった!

 儂は、思い違いをしておった。

 サーシャの気持ちを考えもせずに、勝手に辛いと、可哀想だと、決めておった。

 サーシャ。

 良く聞いておくれ。

 儂は、30年前に初めてお前を見た時から、今の今まで、何一つ変わらず、愛しておる。

 そして、これからも、その気持ちは変わらない。

 楽しい時間を共に笑い、

 悲しい時間は共に涙を流して、

 これからも、一緒に生きていきたい。

 だから、儂の側に居てくれ。

 儂が、サーシャを幸せにする」

「......あ、あぁ、あ....」


 泣き崩れるサーシャさんを、しっかりと抱きしめたレオンさん。

 先程までの不甲斐ない顔は微塵もありませんね。

 いや〜、良かった良かった。

 周りの人達は、大号泣。

 「奥様!」とか、「旦那様!」とか。

 ルーチェは「素敵な言葉です」とウルウルしていますね。

 少し落ち着いてきたサーシャさんとレオンさんが、しっかりと手を繋いだまま、こちらを向いて話しかけてきました。


「アキサメ、ありがとう」

「アキサメさん、ありがとうございます」

「いえ、友人へ苦言を伝える為とはいえ、大変失礼な物言いをしてしまい、申し訳ありませんでした」

「儂はな、立場上、今まで誰にも、ここまではっきりと言ってもらえる事なんぞ無かった。

 苦言を面と向かって言ってくれる者は、周りにはおらんかった...いや、儂が言えない空気をつくっておったんじゃな。

 だから、はっきりと言ってくれて、ありがとう、だ」


 もう、大丈夫な様ですね。

 でも、一つだけ、言わせて下さい。


「では、どういたしまして、と。

 あと、一つだけどうしてもお伝えしたい事があるのですが」

「どうした、アキサメ。遠慮なんぞ、今更するなよ?」

「はい。

 先程、レオンさんが、『20数年しか生きておらぬ小僧』と仰っていました」

「あぁ、すまぬ。そんなに歳を取ってなかったのだな」

「いえ、逆です」

「は?」

「私、37歳ですよ。なんなら、後3年もすれば40です」


「「「「「はぁ〜!!?」」」」」


 何ですか、みんなして。

 失礼ですよ。

 こら、サーシャさん。貴女は人の事言えませんからね?

 

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