アウトサイダーとガルトラム辺境伯家お家騒動。
◉取り戻したい信用、取り戻せない原因。
〈気まぐれ猫〉に新たな従業員が加わった頃、領主邸はピリピリとした空気に包まれていた。
豪奢な装飾が施された邸内は静まり返り、働く者達もどこか緊張した面持ちで業務をこなしている。
領主邸の政務室の豪華なソファに座る男女4人と、立っている男が1人。
「..........事の経緯は理解した。その上で確認をしたい。何故この様な大事となっているのだ?」
報告を聞いた領主のガルトラム辺境伯が実に素直な疑問を投じた。
「あら。旦那様は私の面子など些細な事だと仰るのかしら?」
「嘆かわしい。私の育て方がいけなかったのかしら。ごめんなさいね、リーゼさん」
夫の疑問に対して、冷たい目線で言葉を返す辺境伯夫人リーゼロッテと、相槌を打つ先代辺境伯夫人、辺境伯の実母であるローザ。
「いいえ、お義母様の責任ではありません。いつの世も殿方達は女性の事など軽んじているのですわ。私の事などただのお飾りだとお考えなのでしょう」
「なんと!...ケイン、貴方はその様な考えでリーゼさんと接しているのですか!?これは旦那様にも相談しなくては」
「待て待て待て。リーゼ、そうは言って無いだろう?もう少し事実関係の補足が欲しいと言っているのだよ。母上も煽るような事を言わないで下さい」
言葉選びを間違えたと、ケインは焦った。
事実、リーゼの事を軽んじた事などこれまで一度も無い。高貴な家柄の出身にも関わらず分け隔てない人当たりの良い性格で、領主である夫を支える良妻賢母として広く認知され、民にも愛されている。勿論、ケインもリーゼを愛している。
「旦那様はまだしっかりと把握していらっしゃらないみたいよ?説明しなさい、セバス」
「畏まりました、奥様」
主に命じられ事の次第を話し始めるセバス。
朝の報告とは違い、門番警備の担当をしていた男2人からしっかりと話を聞き出してあり、その時の光景が分かりやすく説明されていく。
「.......以上です。返された
補足された事の経緯を知ったケインは大貴族として当たり前だと言わんばかりに、ごく自然に意見を口にする。
「成程な。確かにこちらの受け入れる姿勢に不備があるな。だが、一介の商人であろう?また呼び出せば良いではないか。何故そんな事を躊躇う?こちらは貴族で領主だぞ?」
ケインの言葉に、人形の様に整った造形美の顔から感情を無くすリーゼ。
主に追随するように表情を消し、彫刻の様に直立不動のまま無感情な瞳で辺境伯を見るセバス。
ローザは、リーゼの変化に気づいたものの言葉を発する事が出来ずに黙り込んだ。
そしてもう1人、ソファに座り黙ったままだった男が口を開いた。
「その様な台詞を聞かせる為に私を呼び付けたのか、兄上?その言葉、商業ギルドマスターとして簡単に流す事は出来ないぞ」
「マルク、何がおかしいと言うのだ。私は当たり前の事しか言ってはおらぬであろう」
「はぁ...。母上、セバス。領主としての立場ばかり教え過ぎだ。このままでは辺境伯の位は兄上の代で返上になるぞ?」
「マルク!貴様、兄に向かってなんて口の聞き方だ!」
カチンときたケインがマルクに対して怒りを露わにするが、マルクは微塵も動じた様子を見せる事なく話を続ける。
「アキサメ・モリヤは外国の人間だ。家業を継ぐのが嫌で飛び出してこのガルトへと来たらしい。旅の途中で路銀を失い、生活する為に商業ギルドに加盟して屋台を出店している。
初めて商業ギルドに両替に来た際、俺はイザークから「絶対に敵対するな、可能なら友好関係を築け」と言われてたから、身分を隠して俺が直接対応した」
「イザーク殿が...」
イザークは、王都に本拠地を構える大商会の創業者であり、息子に家業を譲ってからはこのガルトの街で個人店を趣味で経営している。
現役時代は商人なら知らない人はいない、とまで言われた人物だ。
「故郷の硬貨を両替したよ。全ての貨幣の厚み、重さ、形状、加工その全てが寸分の狂いも無く出来ていて、俺の鑑定でも分からなかった材質を使っている物だった。
しかも、その硬貨は1ルクと同等の価値だと言われたよ。
兄上、理解出来るか?私達の技術ではとてもじゃないが作り出す事の出来ない物を、1ルク、鉄貨1枚と同じ扱いが出来る国家の力を?」
「......」
「それにな、アキサメ君は私が商業ギルドマスターである事にあっさりと気付いて見せたよ。それまでの受付嬢の対応、案内された部屋、ガルトという辺境地特有の事情、私の言葉選び、全てを加味した上でな。
彼は、相当頭の回転が早く、自分よりも上位者との接遇経験を多く持ち、何よりも賢い」
「ちょ、ちょっと待って!マルク様、アキサメさんはいつガルトに来たのかしら?」
「どうしたんだリーゼ、そんなに声を荒げて」
「旦那様は少し黙っておいて下さいな。どうなんですか、マルク様?」
「義姉さんはそこに気付くか。...今日で4日目だと聞いた。警備隊の入市管理担当にも確認も取れているから間違い無い」
「私達と会ったのがガルトに来て3日目!?あの和菓子は何時仕入れたの?今朝来たって事は美容品も既に仕入れてある筈....いけない!セバス!直ぐにアキサメさんのところに向かう準備をしなさい!このままだと本当に取り返しのつかない事態になるわ!」
「畏まりました、直ちに」
慌て出したリーゼがソファから立ち上がった為、ケインとローザが驚く。
「リーゼ!?」
「リーゼさん?」
「まぁまぁ、待って下さい義姉さん。セバスもまだここに居て話を聞け。
貴女達はアキサメ君のところに行ってどうするというのだ?どうやって謝るんだ?頭を下げてお終い、またブローチをあげますから宜しくねって言うつもりか?」
「マルク坊ちゃん、失礼ですぞ!」
「......セバス、良いのです」
やや不機嫌な顔ではあるが、思い当たる部分があったのか、リーゼは改めてソファに座る。
「先程の続きだな。
アキサメ君に対して舐めてかかってはいけない。彼は小さな背負い袋1つしか持たずにこのガルトに来て3日目で屋台を開いた。その前の日にイザークに相談して、屋台なら直ぐ商売を始める事が出来るとそこで初めて知って、翌日にはオープンしてみせた。
商品は義姉さん達の方が良く知っているだろう?至高のお菓子だと喜んでいた和菓子だ。
私もイザークと偶々会って屋台に向かったら閉店していたよ。
彼曰く、「食べ物を扱っていたので早目に閉店した」との事だ。売り切れた訳でも無いのに彼は商品を何一つ持っていなかったがな。
その後、彼と別れてからイザークから再度釘を刺されたよ。「彼とは絶対に敵対してはいけない、もし、その様な事態となったら私はアキサメさん側につくと思え」とな。
俺も同じ意見だ。
まさか実家がアキサメ君と袂を分つ様な真似をするとは夢にも思わなんだがな」
渇いた喉を潤す為に紅茶の入ったカップを傾けるマルクに、誰1人として声を掛ける事が出来ない。
特に領主であるケインは、情報量の多さに頭の中を上手く整理出来ていなかった。それに、そこまでの重要人物の情報が自分の耳に届いていなかった事に対してもショックを受けていた。
リーゼは辺境伯家の起こした不始末と、自分自身がこれから起こそうとしていた事を思い、秋雨からの信用を取り戻す道のりの険しさを改めて実感してしまった。セバスもまた、同じ考えに辿り着いている。
「改めて聞くが、
返答次第では私達商業ギルドも敵になると思ってくれて構わない。商人が蔑ろにされるのを黙って見てはいられないからな、私は」
はっきりと告げた商業ギルドマスターのマルク・ガルトラム。
その瞳には、各者各様の反応を見せる者達の姿を冷やかに映していた。
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