今の私に出来る事。これから私達なら出来る事。

「とっても美味しいです〜♪」


 クネクネと全身を使って喜びを表現するルーチェを微笑ましく見守りながらお茶を飲んでます。

 〈富士見堂〉の苺大福とカステラ、芋羊羹3種類の和菓子盛り合わせをじっくりと味わいながら堪能している御様子。


「そう言って頂けると、用意した甲斐があります」

「こんなお菓子食べたの生まれて初めてです!お砂糖が沢山使ってあって、見た目も可愛いし、大福に入ってる苺も美味しくて!お芋の羊羹?も優しい味が大好きです!そしてこのカステラのふわふわの食感が最高です!

 〈気まぐれ猫〉ではこの和菓子も売っているんですか?私買いたいです!.....余り頻繁には難しいですけど...それに...」


 おや?何か悩み事を抱えているのでしょうかね?


 因みに、ユルクで砂糖は貴重且つ高価であり、砂糖をふんだんに使ったお菓子はそれこそ王侯貴族でもないと、口にする機会は少ないと言われているとの事です。

 砂糖を安定供給する方法が確立されていないのでしょう。その辺の知識でひと財産築く事も出来るのでしょうが、生憎私は内政チートには興味が微塵も無いのでスルーさせて頂きます。

 甘いお菓子類はこれからも〈気まぐれ猫〉にて扱う予定ですが、そんな事情は気にしません。


 それに、良い出会いにも恵まれましたし。


「実は、ルーチェさんに御提案があります」

「提案、ですか?....実は私もアキサメさんにご相談したい事があります」


 意を決した眼差しでルーチェが相談を持ち掛けてきました。表情は真剣そのもの。勿論伺います。願わくば私の提案と合致すると有難いですね。


「先に伺いましょう、ルーチェさん」

「ありがとうございます。実はーー」


 ルーチェの相談内容は、やはり、今働いているなごみ亭での仕事の事でした。

 もうすぐ出産、育児で現場を離れていた女将さん(店主の奥様)が復帰する予定で、お昼の仕事から外れてしまうかもしれないとの事。

 店主からはやれる仕事をしてくれれば良いと言われたが、宿の規模からすると過剰人員なのは明らか。お世話になっているので、迷惑をかけたく無いので休みの日に新しい仕事を見つける為に町を歩きまわっていた、と。

 やはりオッドアイと見た目の幼さで中々仕事が見つからなかったが、今日、〈気まぐれ猫〉と出会ったと。


「アキサメさん!私を雇っては頂けませんか?どんなお仕事でも頑張ってやりますので、お願いします!」


 テーブルに額が付くほど頭を下げるルーチェに、私は穏やかな口調を意識しながら先程の提案を話す事にしました。


「頭を上げて下さい、ルーチェさん。先ず、私からの御提案も聞いてくれませんか?」

「.....はい」

「では、ルーチェさん。改めて御提案します。

 私の店〈気まぐれ猫〉の従業員になってみませんか?お給金は後でご相談させて頂きますが、週5日勤務、時間は応相談、食事と住まいは用意させて頂きます。まぁ、当分は宿暮らしですが。」

「ふぇ?....私を雇って貰えるんですか!?」

「ふふふ。違いますよ。私から、ルーチェさんに一緒に働いて貰えませんか、というお誘いです。いかがですか?」

「働きたいです!...ですが、私で良いのか不安な気持ちもあります...」


 今までの経験が彼女を不安にさせているのでしょう。自信がつくのはもう少し時間がかかるとは思います。思いますが、


良いのです、ルーチェさん。

 今日のお手伝い振りを見ていて、〈気まぐれ猫〉に足りないモノをルーチェさんがお持ちだと実感致しました。


 少し昔話になりますが、


 私は故郷で、勤め先の店で販売する商品の仕入れを担当していたのです。仕入れ先にも恵まれた事もあり、自分で言うのもなんですが、それなりに成果をあげていたと思います。

 ですが、勤め先の店が大繁盛していたという訳ではありませんでした。勿論、商売として成り立ってはいたのですが。

 私なりに色々と勉強したり、考えた結果、どれだけ素晴らしい生産者から、素晴らしい商品を仕入れて店頭に並べても、その商品を取り扱う店の従業員のモチベーションに左右され、本来ならお客様に喜んで頂ける商品も、ただ陳列されているだけの商品となってしまうと理解してしまったのです。

 直接生産者と顔を合わせる事の無い販売員に責任がある訳じゃないのです。

 生産者の顔が見えていた私に、皆に伝える努力が足りなかったのです。


 いざ、こうやって一から1人で屋台を始めて、改めて商売の難しさを実感しています。

 初めは全て自分1人でやろうと思っていたのですが、このままでは今日みたいにお客様が沢山いらした際にご迷惑をお掛けしてしまうでしょう。もしも今日、ルーチェさんが来店していなかったらと考えると恐ろしいです。


 ルーチェさん。貴女にはお客様を遇する才能があります。お客様の目線で考えて行動出来る事は簡単ではありません。

 貴女のその人柄や真摯な態度がお客様の満足度を確かに上げたのです。

 生産者の皆様が丹精込めて作り上げた素晴らしい商品を、私が責任を持って仕入れて来ますので、生産者の皆様の想いをお客様にお届けするお手伝いをして頂けないでしょうか?」


 そう言い切った私は、ルーチェの翠玉色の瞳から目を逸らす事なく、返事をゆっくりと待ちます。

 「断られるかもしれない」と当たり前の事を少しだけ心配しつつ、ルーチェを加えた〈気まぐれ猫〉のこれからを考えて、無意識のうちに笑顔になっていた様で、


「うふふふ。アキサメさんはどんな時でも笑顔なんですね。......そうですね、1つだけ約束して頂けないでしょうか?」

「...何でしょう?」

 

「これからは〈気まぐれ猫〉の店主と従業員となりますから、敬語は無しで。私の事はルーチェと呼び捨てにして下さい」


 その言葉に身体中が安堵するのが分かります。


「分かりま...分かったよ、ルーチェ。これからよろしくね」

「はい!こちらこそ宜しくお願いします、アキサメさん!!」



 『人材は人財であって、何ものにも代え難い財産なんだよ、秋雨』


 昔、日本を代表するパティスリーのオーナーに言われた言葉を思い出しました。


 今なら少しだけ、分かったような気持ちになっても良いですよね?

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