〈天使の祝福〉大ヒット。

「ア、アキサメさん!!?私の瞳の色が!!」


 ルーチェがあたふたしながら桶の水面と私の顔を何度も交互に見て興奮しています。


 目を見開いて水面に映った翠玉色エメラルドグリーンの瞳を確認し、パァっと破顔するルーチェを見ていると、自然と笑みがこぼれますね。


「これまでのルーチェさんの頑張りが天使に届いて、そのご褒美に祝福されたのでしょう」

「頑張りが.....天使様が見て....う、うぅ..」


 思うところが沢山あるのでしょう。

 翠玉色エメラルドグリーンの瞳から大粒の涙がポタリ、ポタリと溢れ落ちては、桶の水面に波紋が広がっていく。

 私も、貰い泣きするのを我慢しながら見守ります。


 少し落ち着いたルーチェが、顔を真っ赤にしながら「恥ずかしいところを見せちゃいました」と言ってきたので、ゆっくりと左右に首を振ってから伝えます。


「良く頑張りましたね、ルーチェさん」

「!!......はい!ありがとうございます、アキサメさん!」


 一瞬驚いた表情を見せた後、宝石箱の蓋を開け放ったかの様な煌びやか笑顔を見せてくれたルーチェに、私は笑顔を返しました。


 落ち着いたルーチェが〈天使の祝福〉を購入したいと言ってきました。

 勿論、販売する事に反対など無いのですが、その前に現実をそろそろ受け入れなければならない様で、ルーチェにある提案を持ち掛けます。


「ルーチェさん。〈天使の祝福〉はご用意致しますので、お時間の都合が良ければもう少し私のお手伝いを続けて頂く事は出来ませんか?勿論、お給金は先程の甘い物以外にちゃんと用意しますので」

「え?お手伝い、ですか?時間は大丈夫ですがハンドケア体験以外に何が...」


 私は無言でルーチェの後ろを指差します。


「うわぁ!?お客様がいっぱい!?」


 そう。そうなのですよ、ルーチェ。

 貴女の『凄い!凄い!!私の手、こんなに綺麗になった!』という声に誘われて、1人、また1人と集まり始めていたのですよ。

 若い町娘のような方、少し年齢を重ねた方、小さなお子様を連れた方、冒険者に見える装備を身に纏い、背中にルーチェの身丈ほどある戦斧を携えた方とその相棒なのか、この間教会で遠目で見た神官のような格好の方、その他にも沢山の方々。

 全て、女性。


 〈気まぐれ猫〉の営業2日目は忙しくなりそうです。


「はい、終わりました。いかがですかお嬢様?」

「わぁ!綺麗になりました!ありがとうございます、〈天使の祝福〉買います!」

「ありがとうございます」

「ご購入頂けるお客様はこちらにお並びくださーい!お1人様につき2つまでの個数限定となりますので御了承下さい!」


 無事ルーチェを臨時で雇い、私がハンドケア体験を担当し、購入を決めたお客様の対応を彼女に任せてあります。ルーチェなら心配ないでしょう。

 〈天使の祝福〉は1つ銅貨8枚、800ルクで販売しています。日本円で800円。ドラッグストアに置いてあるハンドクリームよりは高くもありますが、愛美さんカリスマの手作りと考えると破格です。

 効能を考えても.....破格ですよ?

 まぁ、この金額は愛美さんとの仕入れ交渉の際に決まり、約束されたものですので変えるつもりは無いんですがね。

 販売先が未定になってしまった高級路線のハンドクリームは私が自由に販売価格を決めれるので、しっかり差別化しましょう。儲けはそちらで取れば良いのです。まだ販売先が決まってませんが。

 さてと、次は大きな戦斧がトレードマークの冒険者の女性ですね。


「店主さん、アタイみたいな手でも...綺麗になんのかな?」


 そう言いながら恥ずかしそうに手を出してくる赤髪を短く切り揃えた褐色の肌の若い女性は、少し諦めの表情を見せた。

 私よりひと回り小さい手には、足元に置かれた斧を持ち戦ってきた証が沢山刻まれていました。

 女性としては恥ずかしいのでしょうが、私にはそう見えません。

 ちゃんと薬草の匂いもしますし、日頃から気にかけていたのでしょう。


「一生懸命頑張っている人の手ですね。私は綺麗だと思います」

「!!...お兄さん、そんな恥ずかしい事を言うなよ...」


 凛々しい女性が、可愛いらしく頬を染めます。

 私、お兄さんと呼ばれる歳では無いんですが?どちらかと言うと、おじさん、ですよ。


「お嬢さん、ハンドケア体験を始めましょう。お好きな方の手から桶のお湯に浸からせて下さい」


 武器を持つ事でごつごつとした手のひらをしっかりと、丁寧に揉みほぐしていきます。

 指、甲もマッサージをし、桶から手を出して水気を拭き取り、化粧水スプレーをシュっと。

 さぁ、〈天使の祝福〉を塗り込んでいきましょう。


 隅々まで塗り終えた彼女の左手は、驚く変化を遂げていました。

 ゴツゴツしていた手のひらは柔らかくなり、沢山あった甲の傷も綺麗に無くなって指先の肌荒れも改善しています。

 彼女の手は、とても美しくなっていました。


「あ、あぁ、アタイの手が、こんなに綺麗に...」

「一生懸命頑張っている人の手は、綺麗なんですよ」


 俯いて「ありがと」と小さな声で呟く女性のもう片方の手を取り、桶へ入れます。

 うっすらと潤んだ目を見ないように、頑張る手を揉みほぐしていきます。


「お買い上げありがとうございました!」

「こっちこそありがとう、だ。店長さんにもお礼を言っておいてくれよな!」

「はい!伝えておきます!」


 赤髪の冒険者の女性にもお買い上げ頂きました。両手のハンドケアが終わった時は、ルーチェにも負けない程大はしゃぎし、仲間の女性に指摘され顔を髪色と同じ様に真っ赤に染めて、とても可愛いらしかったです。


 その後も列は途絶える事は無く、お昼御飯も食べる暇もないほどの大忙し。

 ルーチェと2人でなんとか頑張ってお客様の対応をしていき午後の2時半頃、遂にその時が来ました。


「アキサメさん!〈天使の祝福〉完売しましたー!」

「了解」


「お客様方、本日分の〈天使の祝福〉はご好評頂き完売となりました。列にお並び頂いておりますお客様には大変申し訳ございませんが、ハンドケア体験もこれにて終了とさせて頂きます」


 「え〜」「買いたかったわ」「ハンドケア体験だけでも駄目かしら」「残念だわ」と、お客様方からお声を頂きますが、販売する商品が無い以上は、体験だけを無料で続ける訳にはいきません。

 「申し訳ございません、またのご来店をお待ちしております」と伝えながら、「次回の〈天使の祝福〉の入荷は来週の風の日の予定です」と合わせて伝える。


 愛美さんには、今回の販売個数分を毎週1回3か月間、地球で言う火曜日に仕入れる契約を結びました。

 正直言って、屋台で売り捌く量では無いです。

 仕入れロットについて愛美さんからの条件はなかったのですが、私の商売をする上で守るべきボーダーラインとして、生産者の利益を確保する事は最優先でしたから。

 それでも、この〈天使の祝福〉のクオリティから考えるとギリギリ採算が合う程度でしか無いだろうとは自覚しています。


 お客様方も屋台から離れて行き、〈気まぐれ猫〉の屋台には、私とルーチェを残すのみとなりました。


「ルーチェさん、お疲れ様でした。今日は手伝って頂いて本当に助かりました」

「いえ、アキサメさん。ハンドケアで手も綺麗になりましたし、瞳も...天使様に祝福してもらって、私、今日一日で嬉しい事がたくさんあって、凄く幸せなんです!!」


 笑顔でそう言うルーチェに私は伝えます。


「そう言って頂けると嬉しいですね。ですが、幸せ気分に包まれるのはまだ早いですよ?」

「え?どうしてですか?」

「まぁまぁ。座ってお待ち下さい、お嬢様」


 ルーチェを座らせてから屋台の中へ戻り、お湯を沸かしながら〈異世界倉庫ストックルーム〉で時間経過無しで保存している和菓子と、食器類を取り出して準備してっと。

 お茶っ葉を入れた急須に沸いたお湯を入れ、ルーチェの待つテーブルへと運びます。


「さぁ、お待たせ致しました。約束の甘くて美味しいものです」

「あっ!ハンドケア体験の助手のお給金ですね!」

「正解。私もご一緒させて頂きますね。お昼御飯を食べ損ねたので、お腹がペコペコなんですよ」

「はい!私もペコペコです!一緒に食べましょう、アキサメさん」



 〈天使の祝福〉完売。


 〈気まぐれ猫〉営業2日目は商品完売に伴いまして、午後2時30分に閉店させて頂きました。



 ユルクの頑張る女性達に天使の祝福がありますように。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る