美味しい夕食とロイロの笑顔。

.......ンドンドン!


 いつの間にか寝入っていた様で、ドアを叩く音が目覚ましアラームがわりに起こしてくれた様です。


「お客さーん!晩メシ食いっ逸れるぞー?」


 おや、もうそんな時間ですか。


「すいません!今行きます」

「おう。今日はウチの自慢のレッドボアステーキだからな!美味いぞ!」


 異世界あるあるがきましたね。〈レッドボア〉のステーキ...魔物ですよね?赤猪?少し楽しみです。


 少し乱れた格好を整え階段を降りると、やはり夕食時を少し過ぎた様で冒険者であろうグループが何組か酒盛りを始めているのが目に付きます。

 分かり易く盛り上がっているテーブルもあれば、意気消沈した者を慰める様に仲間が杯に酒を継ぎ足し、肩を叩く。その光景が日本と重なって見えて、自然と笑顔になる自分がいます。

 会社の飲み会には殆ど参加しなかった私が言うのもアレですがね。


「お客さん、カウンターなら空いてるのでそこで夕食をどうぞ」

「はい。ありがとう」


 接客係の女性従業員に従いカウンター席へと座る。此処は日本では無いのでおしぼりとお冷など出て来ないのは当たり前なんですよ?改めて『日本の当たり前』慣れしてる自分に少し危機感を覚えますね。

 小説では主人公達のこんな描写などありませんでしたが、どう乗り切ったのでしょうかねぇ?


「おう!やっと起きたか、お客さん」

「いやいやお恥ずかしい。初営業をに終えたと思った途端に夢の中でした」

「アッハッハ!そんだけ充実してたんだろうよ。しっかりと食べて英気を養ってくれ」


 店主はそう言って厨房に戻ると、5分もしないうちに湯気の立つ大きめのプレート皿と、スープカップを持って来た。カウンターにはパンの盛られた籠が置いてあります。


「お待ちどうさん。当店自慢のレッドボアステーキだ!悪いんだがスープはこれで終いだ。パンのお代わりはあるから欲しけりゃ言ってくれよ」

「ありがとうございます。美味しそうです!」

から気をつけろよ?」

「!!...あははは!いただきますよ」


 目の前に置かれた白い大きめのプレート皿には、厚切りにされたロースらしき部位のステーキが盛り付けられており、焼き立ての暴力的な肉とガーリック(?)の香りが鼻腔を直接殴りかかってきます!


 口の奥から唾液が一気に溢れてゴクリと生唾を飲み込むと、「いただきます」と手を合わせてからカトラリーの入った卓上の籠からナイフとフォークを取り出し、レッドボアのステーキにナイフを入れます。


「柔らかい!?」


 驚くほどに大した力も必要とせずに切り分けられたステーキの断面から肉汁が溢れ、脳が「絶対美味いやつ」と認識し胃袋が「早く寄越せ」と急かしてくるので、私は慌てて口の中へと運び入れて咀嚼すると、本能で言葉を発しました。


「美味い!!」


 いや、間違い無く今まで食べてきたステーキの中でもトップクラスに美味い!

 なんだこの肉は!柔らかいだけでなく適度な噛み応えがあり「肉食べてます」と体が喜び、噛み切ると肉汁が口内を満たし、甘味と肉本来の旨味、ほんの少しの野性味がガーリックで絶妙なバランスでまとめられていて、幸せでしか無い。これは絶品です!


「何コレ!?美味し過ぎじゃないですか!?」


 少し声が大きかったんでしょうね、カウンターの奥で調理をする店主がコチラを見ているのに気付きました。

 店主は片手でフライパンを振りながら、空いた手でサムズアップしてニヤリと笑います。「どうだ!美味いだろう?」そんな声が音を通さずに聞こえて来ました。「はい!最高です」と勿論私もサムズアップして応えました。


「至福です」


 パンをお代わりしつつしっかりと完食し、食休みしながら余韻を楽しんでいると、厨房から店主が出て来ました。


「店主、ご馳走様でした。素晴らしい腕前に感服しました」

「おう、お粗末さん。満足してくれたみたいだな?」

「えぇ、とっても。店主の腕前も勿論ですがこのレッドボアも美味しいんですね」

「そりゃ上位種だからな。特にレッドボアはステーキみたいに焼いて調理するのと相性が良いんだわ」

「上位種?というと肉の値段も其れなりに高いのですか?」

「まぁ、レッサーボアやワイルドボアに比べりゃ少しは高いわな。ただ、今回は仕入れ値はタダ同然だがな」

「え!?タダ同然、というのは...まさか店主自ら狩ってきたとか...?」

「アハハハ!俺はそんなに暇じゃねぇよ。昨日お客さんが酒奢ったヤツ等がいたろ?アイツ等が依頼で出向いた先で仕留めたモンを持ち込んだんだよ。「あの兄ちゃんに美味い物食わしてやってくれ」だとよ」

「あの漢気溢れるリーダーさん達でしたか。これは有り難い。今度会ったらお礼を言っておきます」


 「そうしてやってくれ」と店主は言い残して厨房の中へと戻っていきました。

 それにしても、中々義理堅い冒険者もいるのですね。もっと粗暴なイメージでした。まぁ他の冒険者達も同じだとは思いませんがね。


 再び部屋に戻り、忘れない内にロイロにお土産という名の売れ残りをお裾分けに行きましょう。


(転移扉テレポートドア)


「アキサメ、初営業お疲れさんニャ〜」

「ありがとう、ロイロ。和菓子のお裾分けですよ」

「ニャ!苺大福あるニャ?」

「有りますよ。今出しますね」


 〈異世界倉庫ストックルーム〉から苺大福を含めた数種類の和菓子を取り出してロイロの前に供えながら、ふと気付いたのでロイロに尋ねてみます。


「ところでロイロ。どうやって食べるんです?」

「ニャ?簡単な事ニャ。こうするニャ」


 そう言ったと思えば、ロイロの飾りのついた扉がピカッと光り、次の瞬間には目の前に猫耳少女が立っていました.......何故か巫女装束で。


「は?」

「ニャ?」


 コテンと首を傾げる巫女姿の少女。歳の頃は10歳前後ので綺麗な黒髪から飛び出している猫耳はピクピク動き、背後に見える真っ黒な尻尾は揺ら揺らしています。


「...ロイロですか?」

「当たり前ニャ。他に誰がいるニャ」

「いやいやいや、何ですかその姿!?」

「ロイロ〈巫女Ver.〉ニャ。私の中で流行りニャ」


 そこじゃない、そこじゃないんだよロイロ。


「ロイロ、そこから出れたんですね...しかも(獣)人の姿で」

「そりゃそうニャ。扉の飾りになってるのは最初だけニャ。名前をもらったら自由に出れるニャよ?」

「知らなかったですよ...そう言えば食べ物をお供えしろと言った時に気付くべきでした」

「ニャハハハ。あんまり気にしない事ニャ、世の中は不思議がいっぱいニャよ?只の会社員が異世界生活を始める時代ニャ」


 それ私の事ですか?確かに言う通りなんですがビックリはしますよ?


「確かに気にしてもしょうがないんでしょうね。取り敢えず先に食べましょう。ロイロ、お茶は要りますか?」

「人肌くらいのお茶が良いニャ」

「あぁ成程、猫舌でしょうしね...」


 沸いた湯でお茶を淹れ、〈異世界倉庫ストックルーム〉の温度設定をマイナスにまで下げた区画で冷ましたお茶をロイロに渡します。


 目の前で「ニャ〜!苺大福は至高の和菓子ニャ!」「幸せニャ〜」と言いながら、口の周りを餡子だらけで破顔するロイロを見ていると、なんだかこちらも幸せな気持ちになってきますね。


「娘がいたら、こんな感じなのですかね...」

「ニャ?」


 コテンと首を傾げる猫耳少女ロイロの口元を、取り出したハンカチで拭いてあげた後、自然と優しい手つきで頭撫でながら、おそらく私は柄にもなく、営業スマイルでは無い優しい顔をしているのでしょう。


「ゆっくりお食べなさい。まだお代わりはたんとありますから」


 あぁ、私らしくもないですが。


「お代わりニャ!」

「はいはい」


 まぁ、偶にには良いでしょう。


「美味しいニャ〜!」


 そう言って喜ぶロイロの笑顔を見ていられるのならね。



 

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