ほっぺにご注意〈栗きんとん〉。

「ねぇねぇ、なに屋さんなの?くろねこちゃん」


 そんな可愛いらしい声だけが耳に届きました。辺りを見回すが姿が見えず「はて、空耳ですかね?」と首を傾げていると再び看板の向こうから幼子の声が聞こえ、


「くろねこちゃんは寝てるからおやすみかな〜?」


 私が身を乗り出して覗き込むと、店先の看板の前にしゃがみ込んだ3、4才くらいの女の子が看板の黒猫に話しかけています。


『ちゃんとお店は開いてるニャ〜。珍しいお菓子屋さんニャ〜』


と、ロイロの声真似をして話しかけてみました。


「しゃべった!くろねこちゃんがしゃべってる!?」

『奥のお兄さんに挨拶できたら美味しいお菓子をプレゼントするニャ〜』

「おかし!!わたしごあいさつできるの!」


 そう言って女の子が私の元へテトテト歩いて来て、元気な挨拶をしてきます。


「おにいさんこんにちは!くろねこちゃんがあいさつできたらおいしいおかしくれるって!」

「はい、たいへん良く出来ました。では、ご挨拶のご褒美にとっても甘くて美味しいお菓子をプレゼントしましょう!ほっぺが落っこちちゃうから注意してね?」

「たいへん!わたしちゃんと落っこちないようにおさえとくね!」

「あはは。お願いしますね。では此方にお座り下さい、お嬢様」

「はーい!」


 屋台の中から椅子を持ち出して女の子を座らせると、再び屋台へと戻り和菓子を皿に盛り、女の子用にリュックに入れておいたスティックタイプのインスタントミルクティーをカップに入れお湯を注ぐ。


「お待たせ致しました、お嬢様」


 そう言って、少し大きめの箱をテーブル代わりにして、和菓子を盛った皿とミルクティーの入ったカップを配膳します。


「お待ちかねの甘くて美味しいお菓子です。和菓子という私の故郷のお菓子で、この和菓子の名前は〈栗きんとん〉と言います。どうぞ召し上がれ」

「はーい、いただきます!」


 「飲み物は熱いからフーフーしてから飲みましょうね」と付け足しながら黒文字を渡して食べ方を教えてあげると、女の子は真剣な表情で栗きんとんを切り分けて口に入れる。


「うぁ!?おいしーー!!あまーい!すっごくおいしいよ、おにいさん!!」

「喜んで貰えて良かったです。それよりもお嬢様、ほっぺが落っこちそうですよ?」

「あ!おさえておかなきゃ!」

「あははは。ゆっくり召し上がれ」


 「おいしー」「あまーい」「のみものもあまくておいしー!」と元気いっぱいに教えてくれる女の子。和菓子を大層お気に召して頂けたようで、綺麗に食べ終わった皿を名残惜しそうに見ています。


「楽しんで頂けましたでしょうか?」

「うん!とーってもあまくておいしかったです!!おにいさん、ごちそうさまでした」

「はい。お粗末さまでした。...ところでお一人でお出掛けですか、お嬢様?」

「ううん、お母さまとじいやもいっしょ」

「そうなのですね」


 「あ、迷子だ」と私がどうしようか悩んでいると、遠くから声が聞こえてきました。


『お嬢様ーー!リズお嬢様ーー!いらっしゃったらお返事をー!』

『リズー!何処に居るのー?出て来てちょうだい!』

「あ、お母さまとじいやのこえ!」

「良かったです。お呼びしますね。お嬢様、ちゃんとお母様と爺やさんに〈ごめんなさい〉言いましょうね?」

「はぃ.....」

「私も一緒におりますので」

「うん!ごめんなさいする!」


 屋台のスペースより少し通りに出て「此方にリズお嬢様がいらっしゃいます」と大きめの声で伝える。

 間も無く〈爺や〉と呼ばれた老齢の執事と派手では無いが綺麗に着飾った女性が少し息を切らしながら〈気まぐれ猫〉の店先に到着しました。


「リズ!!」

「リズお嬢様!お怪我は御座いませんか!」

「お母さま、じいや、....ごめんなさい!」


 リズお嬢様がちゃんと頭をペコリと下げて謝罪すると母親と執事は2人して一瞬驚いた顔をするも、直ぐに安心した表情となり、


「リズ、無事で良かったわ...」

「リズお嬢様、ご無事で何よりです」


 「良かった良かった」と感動の再会(?)を微笑ましく見守る私。暫くして執事に声をかけられました。


「この度はリズお嬢様を保護して頂き誠に有難う御座います」

「私からも。本当にありがとう」

「頭を上げて下さい。リズお嬢様に閑古鳥の鳴いて暇な私の茶呑みに付き合って頂いたのです。こちらこそ助かりました。ね、お嬢様?」

「わたし、ごあいさつちゃんとできたもん!」

「はい。それはそれは、きちんとしたご挨拶を頂きました」

「えっへん!」


 子どもの純真無垢な態度に場の雰囲気が和らぐ。私が名乗ると母親から質問が。


「ところで、アキサメさんの屋台では何を売っているのかしら?商品が並んで無いようだけど」

「そうですな。雑貨でも無ければ食べ物の匂いもしない...少し甘い香りがしますね?」


 とクンクンと匂いを辿る執事を見たリズが慌てて口に手を当てる。


「わたしはごほうびだから〈くりきんとん〉たべたの!あまーいミルクティーもごほうびなの!」

「くりきんとん?それは何ですか?リズ」

「私も聞いた事が有りません。食べ物なのですか?」

「すーーーっごくあまくておいしかったの!〈わがし〉って言うんだよ!」

「はい、その通りです。〈和菓子〉と言いまして、私の故郷の伝統菓子です。屋台で和菓子を扱っております。宜しければ如何ですか?」

「!!たべたい!お母さま、じいや、いっしょにたべよ!」

「そうね。折角だから頂こうかしら」

「私もご一緒させて頂きます」


 私が「席を用意しなくては」と言うと執事が「お任せ下さい」と近くの食事処からテーブルと椅子を借りて来てあっという間に席が用意され、流れる様な動作で先ず母親を席にエスコートし、次にリズを席にエスコートして。「リアル執事凄い」と秋雨は心の中で拍手を送っておきます。

 先程と同じ様に皿に栗きんとんを盛り付け、リズにはミルクティーを、大人には抹茶を用意する。出来上がった物を席へと配膳すると、執事がまだ立っていたので「今はお客様ですので座って下さい」と席に着かせ、和菓子の説明をします。


「お待たせ致しました。こちらが私の故郷の菓子、〈和菓子〉の栗きんとんです。皿の上の黒文字楊枝で切り分けてお召し上がり下さい。飲み物も私の故郷の物で〈抹茶〉といいます。少し苦いですが、甘いものと一緒にお楽しみくださいませ」

「シンプルな見た目ね。何か上品さを感じるわ」

「飾らない見た目は私好みですな」

「あれ?わたしのは〈くりきんとん〉じゃない」

「リズお嬢様は先程召し上がったので、今回は〈カステラ〉をご用意しました。もう一度ほっぺにご注意してくださいね」


「「「いただきます」」」


 そう言って食べ始める3人。リズの顔は段々と喜色に溢れ、大人2人の顔は驚愕に染まっていきます。


「〈カステラ〉もおいしー!ふわふわしててあまーい!」

「な、何よこれ...今まで食べた菓子で確実に1番美味しいわ!」

「......シンプルな見た目に反してもの凄い技術が込められています。〈栗〉とは木の実でしょうか?そのペーストに甘い芋を練り込んだのでしょう、素材の味がここまで昇華されるとは...素晴らしいとしか言いようが有りません」





「ふふふ。これが『喜んでくれるお客さんの顔が間近で見られるのは良いもんだからな』ですか。仕入れ担当バイヤーではあまり見る事のできない景色ですね。確かに良いものです」


 異世界人と〈和菓子〉との出会いの側では、気まぐれな猫が微笑んでいました。

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