気まぐれな猫はニヤニヤと待つ。

ーーピピピピピッ、ピピピピ〈ピッ〉


 スマホのアラームで目が覚めた私は、ぐ〜っと伸びをする。


「さぁ、頑張りますか!」


 そう言って着替え出す。今日はジャケットは羽織らずに白いシャツにネクタイ姿。偶々持ち合わせていた黒猫をモチーフにしたタイピンを付けて。

 店名を〈capricious cat気まぐれ猫〉にしたの理由は、勿論あの扉の黒猫〈ロイロ〉です。



 私は、初めて〈仕事用転移扉ワーキングテレポートドア〉を使用した時に、あの扉に居た黒猫にいきなり話しかけられたのです。


『久しぶりの人間ニャ。今度のマスターの名前を教えるニャ』

「は!?飾りの猫が喋った!?」

『はかざりのねこがしゃべった、が名前ニャ?長い名前だニャ〜』

「いえ違いますよ、驚いたものですいません。私の名前は〈護屋 秋雨〉です」

『モリヤ・アキサメ...日本人ニャ?』

「!?.....〈日本〉をご存知なんですね?」

『敬語は要らないニャ。日本人のマスターはアキサメで2人目ニャよ。アイツも良い奴だったニャ。ちゃんと天寿を完うしたニャ』

「先代がいたのですね....しかも日本人だったと。...失礼、君には名前はありますか?」

『名前は今は無いニャ。マスターが付ける決まりだニャ』

「そうなんですね。では.....〈ロイロ〉はいかがかな?君の毛並みが綺麗な呂色だから」

『良いニャ!〈ロイロ〉、私の事は今からロイロと呼ぶニャ』

「よろしく、ロイロ。早速なんだがこの扉の使い方を教えてほしい」

『この扉の先は、アキサメに関わりのある〈店〉に繋がるニャ。アキサメの記憶や経験によって行き先は増えるニャ。但し、行けるのは〈店〉のみニャ。そこから外に出たりは出来ないし、店に居る間は他の客もいなくなるニャ。アキサメが仕事として仕入れに行く為の扉ニャ』

「成程、どうやって選ぶのかな?」

『ドアノブに触れると行き先が頭の中に浮かぶニャ』

「ドアノブに?こうかな....おぉ!?あるな...」

『ニャ?アキサメはそういう仕事をしてたのかニャ?確かにいっぱいあるニャ〜』

「これは....良し、早速行ってみよう!上手くいけば面白い事ができますよ、ロイロ」

『上手に使うことニャ。私も面白い事は大好きニャ〜。あ、珍しい食べ物は私も食べたいからお供えするニャよ。ご褒美は必要ニャ』

「それなら今から行く所はうってつけだよ。甘い物は好きか?ロイロ」



 昨日の事を思い出して「上手く事が運んで良かった」と心でロイロに感謝しながら1階に降り、店主に挨拶して顔を洗いに裏庭へ。

 サッパリして朝食を食べる私に店主から声をかけてきました。


「今日は気合い入ってるな。何かあるのかい?」

「そう見えますか?実は今日から屋台を出すので、少し緊張してます」

「屋台かぁ〜。懐かしいな。昔は俺も世話になったよ」

「店主も?」

「あぁ、若い頃な。大変だったが今思えば楽しかったよ。良い経験だったと今でも思ってるさ」

「成程。私もそんな風に振り返る事が出来るように頑張ります」

「おう、頑張ってきな!」

「はい。ご馳走様でした」


 なごみ亭を出て、商業ギルドで教えてもらった屋台広場へと向かう。事前に登録してあったのでスムーズに割り当てられたスペースへと屋台をひいていきます。

 着いた所で屋台を固定し、表の見やすい場所に手製の看板を立て掛けた。〈capricious cat気まぐれ猫〉と書かれた下にはロイロを真似て描いた黒猫が寝そべっている絵付き。私、元々絵を描くのが趣味だったので、中々クオリティの高い看板に仕上げる事が出来ました。


 屋台内には昨日仕入れた〈富士見堂〉の和菓子が数種類入った箱が積んであります。さっき〈異空間倉庫ストックルーム〉から出した。屋台と一緒に借りた電気コンロのような魔道具でケトルにお湯を沸かしておく。「和菓子には抹茶だ」というのが、私の持論。


「さぁ、準備は整いました。開店です!」


 両隣の屋台はまだ開店しておらず片方は老婆が営む雑貨屋、もう片方は農家の女性が収穫した野菜を売るようです。ちゃんとお隣さん達と挨拶を交わしておきました。


 まばらだった広場に時間と共に人が増え出すと、お隣さんの店先に人がちらほら増えていく。〈気まぐれ猫〉の来客は未だゼロでしたが、特に焦る事もありません。


「うふふ。商売は楽しいですねぇ。異世界の皆様は日本の誇る〈富士見堂〉の和菓子にどんな反応をしてくれるでしょうか?」


 ニヤニヤしながら人の往来を屋台の中から見る私。時折、沸騰を告げるケトルの口笛を聴きながら、お客様第一号の来訪を待つ事にしました。

 

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