面倒くさい男は〈アウトサイダー〉希望。

 目の前で悪漢が美丈夫によって成敗される様子を無表情で見つめる秋雨。その瞳は何の感情も無い無機質なものだった...。


 そもそも秋雨は〈アウトサイダー部外者〉で在りたいと常日頃から考えて生きてきた。主人公を否定する訳では無く、様々な物語の中でイベント等の中心にというような、何かしらからの〈強制力〉によって自分自身の生き方を歪められる事が不快だと考える、かなり自分勝手な思考を持つ自由人である。

 自分の意思とは関係無く物事に巻き込まれる事を極端に嫌う秋雨にとって、今回の異世界転移から始まり、今現在の自身の状況に至るまでの事に対して徐々にストレスが溜まっていた。

 そして、そんな面倒くさい男護屋秋雨は行動に出る。


「両替しに行きましょう」


 と、何事も事にして商業ギルドの入口へと歩き出す。

 不思議な事に、悪漢も美丈夫もギャラリーさえもまるで秋雨の事が見えていないかの様に、スタスタと歩いていく秋雨を止めなかった....。


 商業ギルドに入ると、外の出来事の影響と思われる多少の喧騒を感じた秋雨。比較的落ち着いている窓口を選んで受付嬢に声をかけた。


「すいません、宜しいでしょうか?」

「あ、はい。いらっしゃいませ、商業ギルドへようこそ。御用件をお伺いさせて頂きます」

「故郷の貨幣をルクに両替したいのですが、こちらで大丈夫でしょうか?」

「他国の貨幣ですね、専門の窓口がありますのでご案内します」

「宜しくお願いします」


 受付嬢がカウンターから出てくると、カウンターの端の方にある階段から2階の部屋へと案内された。

 「担当する方を呼んで参ります」と秋雨だけが部屋で待っていると、ドアをノックする音がして1人の壮年の男性が入室して来た。


「他国の貨幣の持ち込みと聞いているが、合っているかね?」

「はい。間違いありません」

「分かった。そちらへ座ってくれ」

「ありがとうございます」


 ソファに座ると対面に男が座り自己紹介を始めた。


「私はマルクという。担当者が今不在なので私が代わりに対応させてもらうよ」

「初めまして、アキサメ・モリヤと申します。よろしくお願いします」

「承知した。アキサメ殿、早速だが貨幣を見せてもらえるかな」

「はい」


 そう言って秋雨は財布の小銭入れから日本円の1円玉を1枚取り出してマルクに渡した。


「これは...見た事の無い貨幣だな....均一の厚みに見事な刻印...物....だが、本物だ」

「(なるほど。)故郷では1番価値の低い貨幣です。価値は1ルクと同等でしょうか」

「これが1ルク鉄貨と同等だと!?ここまでの技術が....そうか、偽造防止の...鍛治職人の...」

「(戸惑うでしょうねぇ。)問題がありそうですか?」

「そうだな...結論から言わせてもらうが、この貨幣をルクと両替するのは難しい」

「そうですか....」

「まぁ、そうがっかりしないでくれ。〈両替するのは難しい〉と言ったのだ、この貨幣は美術品としての価値が高い。今まで流通した事の無い新しい貨幣、金持ちのコレクターなら垂涎の品となるだろう。何故今まで世に出回らなかったのかが不思議だが、その分だけプレミアが付くからな」

「では、両替では無く頂けると?」

「そうなるな。但し、今回限りとさせてもらう。こういった物は数が出回ると価値が下がるからな」

「分かります。その1枚だけで宜しいのでしょうか?」

「......今、手持ちに何枚ある?」

「(商売人の顔ですねぇ。)そうですね...そういえば1枚お幾らで買い取り頂けるのでしょう?」

「5,000....いや、6,000ルクだな。アキサメ殿の同郷が現れたら価値も下がるのだろう?」

「(あのバスの人達もこの世界に召喚されたでしょうから欲を出すのはNGですね。)そうですね、その可能性はあります。私の手持ちは5枚です。この貨幣の単位は〈えん〉といいます。1枚で1円、5枚揃えて〈5御縁がある〉といった売り文句でも添えてみてはいかがでしょう?」

「成程、洒落が効いていて良いな!未婚の貴族や物好きな豪商なんかも食い付きそうだ。....良し、5枚まとめて40000ルクで買い取ろう。どうだ?」

「ありがとうございます。それでお願いします。」

「うむ。今、金を用意させる。良い商いが出来て良かった」

「こちらこそ、のマルク様」

「!!.....気付いていたのか。アキサメ殿とは初めて会った筈だが?」

「はい、初めてお会いしました」

「では何故私がギルドマスターだと分かったのだ?」

「先ず、受付嬢が『担当する方を呼んで来る』と言いました。言い回し的に呼んで来る人間が私よりも目上であると分かります。ここは辺境都市です。他国の貨幣との両替は他の都市より機会が多い筈です。それなのにこの様な来客を対応する、若しくは地位の高い者が何かの時に良く使う様な部屋に通されました。本当の両替を行う所は別にあるのではないですか?受付嬢も『専用の窓口』と言ってましたので。

 次に『担当者が不在』とマルク様は言いましたが、この辺境でこの規模のギルド施設に担当者が1人とは考えにくいです。担当者がいなかった訳では無くて、最初から受付嬢は私をこの部屋に通して、ギルドマスターを呼びに行くようになっていたのでしょう?そういう通達をしてあったから。

 それと、先程の買い取りの件でも違和感が」

「......続けてくれ」

「マルク様は『両替の担当者の代わりに来た』というのに、鑑定して聞いた事も無い材質の、見た事の無い貨幣に誰にも相談せずに即断で値段をつけました。かなり上位の決裁権を持っているという事です。それに売る相手とはいえ、『未婚の貴族や物好きな豪商に』なんて言い方は普段からそういった階級の人達と交流のある人間だけですよ」

「..........素晴らしい!!見事な観察眼じゃないか、アキサメ・モリヤ君。その通り、私はこの商業ギルドのギルドマスターのマルク・ガルトラムだ」

「〈ガルトラム〉?....御領主様の御関係の方ですか?」

「領主は私の父だ。兄上が跡継ぎに確定しているので次男の私は商人の道に進んだのだよ。縁あってこの〈ガルト〉で商業ギルドマスターをしている」

「それで私の事をご存知で。検問所からの報告からさほど時間は経っていないのに、凄い情報の速さですね」

「そうかね?褒め言葉として受け取っておくとしよう。それよりも、君は商人として働くという話だったな?君のような賢い人間が我が商業ギルドに加入するのは喜ばしい事だ。先程の貨幣の買い取り登録試験は合格として、楽しませてくれたお礼に登録費用はこちらでもたせてもらうよ」

「有難う御座います。....イザークさんもですか。」

「イザークとは古い友人でな。『面白い男がギルドに登録に行く』と聞いて待っていたのだよ」

「御眼鏡に適いましたでしょうか?」

「今後の活躍を期待している、と言っておく」

「浅学非才の身ですが、御期待に沿える様努力して参ります」


 その後秋雨は買い取り金と商業ギルドカード(既に作ってあった)を受け取ると、ギルドマスターと挨拶を交わして別れて受付窓口に行きギルドの様々なルールや説明を聞いた。やはりギルドにはランク制度もあった。F級から始まりS級まで、取引実績等で上がっていくようだ。


「(いかにも異世界転移テンプレ設定でした。それに、マルクさんは〈鑑定〉の魔法かスキルを使いましたしねぇ。アルミニウムは地球でも発見されてまだ200年程ですから聞いた事も無いのも無理はないでしょう。)...取り敢えず宿を取りに行きましょう。時間に余裕があれば入市税を払っておきたいですしね」


 商業ギルドを出た秋雨。先程の悪漢騒ぎは終わったようで、ギルド前には悪漢、美丈夫、ギャラリーの誰もいなかった。別れ際にマルクからおすすめの宿を聞いていたので、そこに向かう予定だ。


 買い取り金の40,000ルクは銀貨4枚で受け取った。貨幣価値は、

鉄貨=1ルク

銅貨=100

大銅貨=1,000

銀貨=10,000

大銀貨=100,000

金貨=1,000,000

大金貨=10,000,000

と、全てが硬貨となっている。大金貨の上に紅金貨(1億ルク)があるらしいが、それは国や大貴族が使う物で普段は目にする事は無いとの話だった。一般生活で扱うのは精々大銀貨までくらいだろう。金貨と大金貨は商取引などで見る機会がありそうだ。


 一気に2つのやる事をクリアした秋雨は、意気揚々と宿へと歩き出すのであった。


「さぁ、ギルドマスターマルク・ガルトラムさんはどう出てくるでしょうか?」


 異世界を匂わすカード1円玉を切った秋雨。この男はこういうところが非常に自分勝手で面倒くさいのだ。アウトサイダー部外者で在りたいと思いながら、自分の意思で面白がって平然と外野から石を投げ入れる自由人。

 その顔は先程とは打って変わり、とても清々しい顔だった。

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