37
「血で強制的に心が繋がったんだ。化想を頭の中のイメージのまま作れば、無機物の物と違い力も強くなる。でも、意識が、心が繋がれば、これはたま子の意思と同じだ、たま子は人を傷つけようと思わない」
「な、なんでそんな事言えるの!」
「一緒に好きなものを見つけた」
無表情で、抑揚のない言葉。それでも、
だから、たま子は戸惑ってしまう。掘り起こされてしまう、懸命に埋めた本音が。必死に纏った虚勢が剥がされたら、何も隠せるものがない。
たま子が迷えば、野雪の腕の中で子熊となった獣も、困った様子でキョロキョロと頭を動かしていた。
「心は、強くもあれば弱くもある。それでいい、そのままでいいんだ、その為に俺達がいる」
そうだろうと、野雪が
「そうだね、うちの敷居を跨がせたんだ、君はもう、うちの家族も同然だ」
「…私は、違う、」
「それでも僕達は君を信じてるよ、君が辛いなら手を差しのべるし、楽しいなら一緒に笑う。ただ、それだけだ。縛って一緒に居るのは違うよ」
「そんな事、」
「誰かの為に生きるのは、強要される事じゃないよ」
たま子は目を見開き志乃歩を見つめたが、やがて唇を噛みしめ、俯いた。
「…そんな、簡単じゃない」
直後、大きな物音と共に壁の一部が破壊された、現れたのは燃える大きな炎の手だ。皆が気を取られたその瞬間、炎の手はたま子の体を包むと、森へと勢い良く戻っていく。
「止める」
野雪は壁に空いた穴から家の外に出ると、壊れた壁の破片で、地面に線を引いた。光と共に風が沸き起こると、山の麓に透明の壁が立ち上がった。それは山を囲うように張り巡らされ、空高く伸びた壁はドーム型の天井となった。空には、ぽっかりと浮かぶ月が見える。
「逃げ道は、あの壁を壊すしかない」
「時間稼ぎにはなる、たまちゃんを浚った炎はハリボテだ、命に別状はない筈だよ」
街からは、サイレンや騒めく人の声が風に乗って聞こえてくる。壁は透明なので、街の様子も見ることが出来るのだが、その様子を見ていた姫子がぎょっとして振り返った。
街や壁の内側にある森の火から、煙が上がっていたからだ。
「まずい、あれ本物の火だぞ!」
姫子が叫ぶとその直後、志乃歩のスマホが鳴った。相手は
「
「避難は終えて、
普段は現場に出る事を許されない
火を壊しているという事は、街に出た火は、意識の繋がりのない化想という事だろう。家屋が燃える心配は、今のところないようだ。
「そっか、助かった」
「なんのなんの!それに壱登さんとも連携してるんで、上手い事やってるッス!こっちはお任せ下さいッス!」
「頼んだよ。こっちに術師がいると思う、早めに対処するから」
「了解ッス!」
通話を終えると、志乃歩は安堵の息を吐いて皆を振り返った。
「街の方は、秀斗や
「火がこれ以上、術師の意識を通わせないといいのですが…たま子さんも火に捕らわれていますし」
「そうだね。阿木乃亥も出てきたと分かれば、術師もそう無茶はしないだろう。術師が何人で動いているか分からないけど、向こうの狙いは野雪だ。たまちゃんを浚ったのは、新しい交渉材料にするつもりかもしれない。術師を探しながら、山の火を消していこう」
「手分けした方が良さそうですね」
「うん。たまちゃんを見つけ次第、合図を送る事」
「オーケー!ただの火の化想は壊して問題ないな?」
姫子は再びスカートの裾をなぞり、機関銃をもう一丁出した。破壊に興奮を見出だした様子の姫子に、志乃歩は苦笑った。火どころか山ごと破壊しそうな勢いだ。
「ほどほどにね。術師を捕らえれば火は消えるし、本物の力を持った火は、木から切り離すようにして壊さない事。意識が通じてない火は壊していこう。術師の心を壊したら、野雪を連れ去ろうとする理由も聞けないからね」
志乃歩の言葉に、姫子は舌打ちした。それを見て、
「舌打ちしない、あなたは野蛮なんですよ」
「は?」
「それに、何ですかその銃は。いつも思いますが、格好だけで本来なら引き金なんて引けないですよ、それ」
「うるっせぇな!化想だから問題ないし!アタシの思いが弾丸になるんだよ!フォルムが大事なんだ。アンタこそ、いつもタブレットで澄ましやがって、」
「はいはい、頼んだよ二人共。野雪はもう行ってるんだ、君達遅れるなー」
言いながら、志乃歩はシラコバトを出し、空に飛ばした。
「一応、鳩も飛ばしておく、相手は感知出来ない化想を使うから気をつけるように。はい、解散」
黒兎と姫子はふいっと顔を背け、了解と呟くと、それぞれ山に入っていく。志乃歩が一度離れの家に目を向けると、ガラッと、家の壁の一部が壊れ落ち、思わず頭を抱えた。だが気を取り直して、待機している野雪の化想に目を向ける。スーツの化想は帽子を被り直し、隣にはシロもいた。恐らく野雪が森へ向かう直前に出したのだろう。
「ここを頼むよ、何かあったら鳩に知らせて」
シロとスーツの化想にそう言うと、志乃歩も森へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます