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「血で強制的に心が繋がったんだ。化想を頭の中のイメージのまま作れば、無機物の物と違い力も強くなる。でも、意識が、心が繋がれば、これはたま子の意思と同じだ、たま子は人を傷つけようと思わない」

「な、なんでそんな事言えるの!」

「一緒に好きなものを見つけた」


無表情で、抑揚のない言葉。それでも、野雪のゆきの瞳は真っ直ぐで、優しい。たま子が九頭見くずみ家にやって来てからの短い期間の中でも、何度も目にしてきたものだ。野雪の瞳は無感情に見える、でも表現が苦手なだけで、本当はいつだって優しいし、心強い。あの瞳には嘘がないからだ。

だから、たま子は戸惑ってしまう。掘り起こされてしまう、懸命に埋めた本音が。必死に纏った虚勢が剥がされたら、何も隠せるものがない。

たま子が迷えば、野雪の腕の中で子熊となった獣も、困った様子でキョロキョロと頭を動かしていた。


「心は、強くもあれば弱くもある。それでいい、そのままでいいんだ、その為に俺達がいる」


そうだろうと、野雪が志乃歩しのぶを振り返れば、志乃歩は肩を竦めて優しく微笑んだ。


「そうだね、うちの敷居を跨がせたんだ、君はもう、うちの家族も同然だ」

「…私は、違う、」

「それでも僕達は君を信じてるよ、君が辛いなら手を差しのべるし、楽しいなら一緒に笑う。ただ、それだけだ。縛って一緒に居るのは違うよ」

「そんな事、」

「誰かの為に生きるのは、強要される事じゃないよ」


たま子は目を見開き志乃歩を見つめたが、やがて唇を噛みしめ、俯いた。


「…そんな、簡単じゃない」


直後、大きな物音と共に壁の一部が破壊された、現れたのは燃える大きな炎の手だ。皆が気を取られたその瞬間、炎の手はたま子の体を包むと、森へと勢い良く戻っていく。


「止める」


野雪は壁に空いた穴から家の外に出ると、壊れた壁の破片で、地面に線を引いた。光と共に風が沸き起こると、山の麓に透明の壁が立ち上がった。それは山を囲うように張り巡らされ、空高く伸びた壁はドーム型の天井となった。空には、ぽっかりと浮かぶ月が見える。


「逃げ道は、あの壁を壊すしかない」

「時間稼ぎにはなる、たまちゃんを浚った炎はハリボテだ、命に別状はない筈だよ」


街からは、サイレンや騒めく人の声が風に乗って聞こえてくる。壁は透明なので、街の様子も見ることが出来るのだが、その様子を見ていた姫子がぎょっとして振り返った。

街や壁の内側にある森の火から、煙が上がっていたからだ。


「まずい、あれ本物の火だぞ!」


姫子が叫ぶとその直後、志乃歩のスマホが鳴った。相手は俊弥としやだ。話を聞けば、俊弥も街に来ているようだ。


依田よだちゃん、そっちどうなってる?」

「避難は終えて、阿木之亥あぎのいが守ってるッス!兄さんが先頭にいるんで間違いないッスよ!壁が出来る前に目隠しもしといたんで、安心して下さい!こっちの化想の火も、壊しに回ってるッス。一部は本当に燃え始めたんで、消防にも協力して貰うとこッス」


普段は現場に出る事を許されない秀斗しゅうとが呼び出されたという事は、よっぽどの事だ。だがそれでも、秀斗が指揮を取っているなら志乃歩は安心だと思えた。秀斗が化想に対し、優しく優秀な術師だという事を、志乃歩はよく知っている。

火を壊しているという事は、街に出た火は、意識の繋がりのない化想という事だろう。家屋が燃える心配は、今のところないようだ。


「そっか、助かった」

「なんのなんの!それに壱登さんとも連携してるんで、上手い事やってるッス!こっちはお任せ下さいッス!」

「頼んだよ。こっちに術師がいると思う、早めに対処するから」

「了解ッス!」


通話を終えると、志乃歩は安堵の息を吐いて皆を振り返った。


「街の方は、秀斗や壱登いちとが上手くやってくれてる、街の火は阿木之亥や消防が協力じて消しに回るそうだ」

「火がこれ以上、術師の意識を通わせないといいのですが…たま子さんも火に捕らわれていますし」

「そうだね。阿木乃亥も出てきたと分かれば、術師もそう無茶はしないだろう。術師が何人で動いているか分からないけど、向こうの狙いは野雪だ。たまちゃんを浚ったのは、新しい交渉材料にするつもりかもしれない。術師を探しながら、山の火を消していこう」

「手分けした方が良さそうですね」

「うん。たまちゃんを見つけ次第、合図を送る事」

「オーケー!ただの火の化想は壊して問題ないな?」


姫子は再びスカートの裾をなぞり、機関銃をもう一丁出した。破壊に興奮を見出だした様子の姫子に、志乃歩は苦笑った。火どころか山ごと破壊しそうな勢いだ。


「ほどほどにね。術師を捕らえれば火は消えるし、本物の力を持った火は、木から切り離すようにして壊さない事。意識が通じてない火は壊していこう。術師の心を壊したら、野雪を連れ去ろうとする理由も聞けないからね」


志乃歩の言葉に、姫子は舌打ちした。それを見て、黒兎くろとは溜め息を吐いた。


「舌打ちしない、あなたは野蛮なんですよ」

「は?」

「それに、何ですかその銃は。いつも思いますが、格好だけで本来なら引き金なんて引けないですよ、それ」

「うるっせぇな!化想だから問題ないし!アタシの思いが弾丸になるんだよ!フォルムが大事なんだ。アンタこそ、いつもタブレットで澄ましやがって、」

「はいはい、頼んだよ二人共。野雪はもう行ってるんだ、君達遅れるなー」


言いながら、志乃歩はシラコバトを出し、空に飛ばした。


「一応、鳩も飛ばしておく、相手は感知出来ない化想を使うから気をつけるように。はい、解散」


黒兎と姫子はふいっと顔を背け、了解と呟くと、それぞれ山に入っていく。志乃歩が一度離れの家に目を向けると、ガラッと、家の壁の一部が壊れ落ち、思わず頭を抱えた。だが気を取り直して、待機している野雪の化想に目を向ける。スーツの化想は帽子を被り直し、隣にはシロもいた。恐らく野雪が森へ向かう直前に出したのだろう。


「ここを頼むよ、何かあったら鳩に知らせて」


シロとスーツの化想にそう言うと、志乃歩も森へと向かった。



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