38
たま子を浚った大きな炎の手は、山の中に入っても姿が見えていたが、中程まで入ったところでその姿は見えなくなった。それは、
木を焼く火の化想は、ただ水をかけても意味がない。一時は消えたように見えても、術者が化想を消さない限りまた火が燃え上がる。そして、何度も再生する火の化想は、本物の火と同様に木々を焼いてしまう。
野雪は、落ちていた木の棒で地面に線を引く。木々を燃やす火の化想を、水のような膜に包んで空へと浮かべた。火はまだ燃えているが、水の膜が破れる気配はない。まるでシャボン玉の中に火が浮かんでいるようで、それは灯籠のようにも、オブジェのようにも見えた。
木から化想を切り離せたが、本物の火と同じなので、火が燃え移ってしまった部分はまだ火がくすぶっている。それも先程のように水の膜を辺りに被せた。すぐに水が染み込み、ジュ、と煙がたつ。化想の火と切り離せば、それはただの火でしかない、それなら化想の水で消しても問題なかった。
火の化想を壊さず、木を燃やさないようするには、火を木から切り離すしかない。皆も、同じように対処していた。
姫子は、何をするにも全て機関銃だ。水鉄砲と化した機関銃を撃って火と木を切り離し、火と木の間に水のクッションを作って、火と木を接しないようにしている。「ひゃはは!最高だぜ!」とテンションも高く、機関銃の音も騒がしいので、山の動物達は火よりも姫子に怯えて避難しているようだった。遠くの方で黒兎の溜め息が聞こえてくるようだ。
志乃歩も球体の化想を出し、それに水の化想を張り巡らせると、それを火の化想に当て木と切り離した。
「これは、ハリボテだな」
球体の中で収めた火が渦巻くと、火の化想は跡形もなく消えた。
全ての火が、物を燃やせる本物の火ではない、意識は無限に繋げないという事だ。
「よくもまぁ、これだけ仕掛けたもんだな」
一つ二つと空に浮かぶ化想の火を見て、志乃歩は溜め息を吐く。何人がかりでやっているのか、辺りに注意を払ってはいるが、術師がいる気配がない。
そんな時だ、突然空が黒に塗り変わり始めた。夜空でも、その色の変わりようは良く分かる。まるでペンキ缶を倒したように、じわじわと下から上へ、野雪の出した壁を伝い、黒い色が広がっていく。
「化想で取り込もうとしてるのか。まぁ、その方が手っ取り早いだろうな」
相手側の化想を見て、志乃歩は呟く。野雪の化想の壁が邪魔をして外に出られないので、逆に壁の内側から化想を巡らせ、野雪の心を乱そうと考えたのかもしれない。
相手の化想を野雪が壊さないのを知っていて、やっているのだろう。
化想で空間を支配しようとするのは難しい。心に一つ綻びが出来れば簡単に崩れてしまうし、術師の心は必ずその世界のどこかにある。無意識下以外でそれをやろうとするのは、腕に覚えのある術師だけだ。
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