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たま子を浚った大きな炎の手は、山の中に入っても姿が見えていたが、中程まで入ったところでその姿は見えなくなった。それは、野雪のゆきが足止めの為の壁を作ったのと同じタイミングだったので、術師はまだ山からは出ていない筈だ。野雪は最後に炎の手が見えた方へ、山の中を駆けていく。


木を焼く火の化想は、ただ水をかけても意味がない。一時は消えたように見えても、術者が化想を消さない限りまた火が燃え上がる。そして、何度も再生する火の化想は、本物の火と同様に木々を焼いてしまう。


野雪は、落ちていた木の棒で地面に線を引く。木々を燃やす火の化想を、水のような膜に包んで空へと浮かべた。火はまだ燃えているが、水の膜が破れる気配はない。まるでシャボン玉の中に火が浮かんでいるようで、それは灯籠のようにも、オブジェのようにも見えた。

木から化想を切り離せたが、本物の火と同じなので、火が燃え移ってしまった部分はまだ火がくすぶっている。それも先程のように水の膜を辺りに被せた。すぐに水が染み込み、ジュ、と煙がたつ。化想の火と切り離せば、それはただの火でしかない、それなら化想の水で消しても問題なかった。


火の化想を壊さず、木を燃やさないようするには、火を木から切り離すしかない。皆も、同じように対処していた。


黒兎くろとはタブレットに平らな皿のような物と、天使の絵をサラサラと描いた。現れたのは、愛らしくデフォルメされた二人の天使。彼らは二人で皿を持ち、そこに火の化想を乗せると、それを手に森の上空に向かった。更に、これまたぬいぐるみのようなゾウを出すと、そのゾウの鼻から出た水で、丁寧に指示を出して火の燻る場所に水を撒いている。姫子ひめこには機関銃の仕組みがどうのと言っていたが、自分の化想に関しては理屈はまるで通じない、顔に似合わず大変メルヘンな世界感を黒兎は持っていた。


姫子は、何をするにも全て機関銃だ。水鉄砲と化した機関銃を撃って火と木を切り離し、火と木の間に水のクッションを作って、火と木を接しないようにしている。「ひゃはは!最高だぜ!」とテンションも高く、機関銃の音も騒がしいので、山の動物達は火よりも姫子に怯えて避難しているようだった。遠くの方で黒兎の溜め息が聞こえてくるようだ。


志乃歩しのぶは、ダイスの面をなぞる事で化想を出している。十二の面それぞれに絵があり、なぞるだけでその絵の化想が出せるようになっている。ダイスのサイズは、手に二つがすっぽり収まる位の大きさで、それぞれに様々な絵が描かれており、それを組み合わせ使い分けている。ダイスに無いものは、持ち歩いてるメモに絵を描いて対応していた。

志乃歩も球体の化想を出し、それに水の化想を張り巡らせると、それを火の化想に当て木と切り離した。


「これは、ハリボテだな」


球体の中で収めた火が渦巻くと、火の化想は跡形もなく消えた。

全ての火が、物を燃やせる本物の火ではない、意識は無限に繋げないという事だ。


「よくもまぁ、これだけ仕掛けたもんだな」


一つ二つと空に浮かぶ化想の火を見て、志乃歩は溜め息を吐く。何人がかりでやっているのか、辺りに注意を払ってはいるが、術師がいる気配がない。


そんな時だ、突然空が黒に塗り変わり始めた。夜空でも、その色の変わりようは良く分かる。まるでペンキ缶を倒したように、じわじわと下から上へ、野雪の出した壁を伝い、黒い色が広がっていく。


「化想で取り込もうとしてるのか。まぁ、その方が手っ取り早いだろうな」


相手側の化想を見て、志乃歩は呟く。野雪の化想の壁が邪魔をして外に出られないので、逆に壁の内側から化想を巡らせ、野雪の心を乱そうと考えたのかもしれない。

相手の化想を野雪が壊さないのを知っていて、やっているのだろう。

化想で空間を支配しようとするのは難しい。心に一つ綻びが出来れば簡単に崩れてしまうし、術師の心は必ずその世界のどこかにある。無意識下以外でそれをやろうとするのは、腕に覚えのある術師だけだ。



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