12




翌朝、志乃歩しのぶは、あぎのい総合病院へ向かった。鳴島大晴なるしまたいせいの状態を確認する為だ。


大晴は、化想を出した直後ということもあり、もしもの事を考えて個室をあてがわれていた。

医師が診察した後、志乃歩はカウンセラーとして大晴に会った。大晴は怪訝な表情を浮かべたが、カウンセリングと言っても退院前の形だけのものだと言えば、少し警戒を解いてくれたようだった。


化想の事は伏せて会話を重ねていくが、志乃歩が尋ねるのは、問診というよりは世間話に近かった。志乃歩が注視していたのは、大晴の答えではなく表情だ。その表情の中に潜む暗い影、瞳の中に時折過る変化。化想を出してしまう人特有の、微妙な変化を見過ごさないように、何でもないような会話を重ねていく。


大晴は俯きながら、ぽつりぽつりと話していたが、それでも化想を出してしまいそうな様子は、今のところは見られなかった。

大晴の悩みは解決していないだろうが、人は多かれ少なかれ悩みを持っているものだ。化想を出してしまうのは、それが抱えきれなくなった時。

俯く姿からは、話しながらも何かを考えているようにも見える。抱えた悩みと再び向き合おうとしているのかもしれないと志乃歩は思い、ふと窓の外に目を向けた。


「しかし、今日は良い天気ですね。外で運動するには絶好の日和だなー」


志乃歩の明るい口調に、大晴もつられて顔を上げた。その瞳は、どこか遠くを見ているようで、少しだけ気がかりを残す翳りが瞳を揺らして消えた。





それから少しして、大晴は家族と共に病院を後にした。

志乃歩は車からその様子を見送ると、そっとシラコバトを飛ばした。

一応、大晴は問題なしと判断したが、これで仕事が終わる訳ではない。問題なしとの判断は、今すぐにどうにかなる訳ではないという事で、心の問題に確証はない。心は複雑だ、他人にとっては些細な事でも、その人にとっては大事な問題という事もある。何でもないような言葉や状況をきっかけにして、いつ落ち着いた心が再び悲鳴を上げるか分からない。なので、化想を出して数日の間は、シラコバトにしっかりと見守りをして貰う事にしていた。




志乃歩が病院から家に戻ると、ほどなくして、大晴が無事に家に帰ったとシラコバトが伝えに来た。それを聞いて、野雪は車を出して欲しいと志乃歩に頼んだ。志乃歩もそのつもりだったのか、黒兎と姫子に留守を頼み、たま子も連れ、志乃歩の運転で三人は山を下った。


「さっき、無事に家についたって言ってたんですよね?」


何事も起きてないのに、どうして大晴に会いに行くのかと、たま子は不思議に思い首を傾げた。


「心配だから」


呟いた野雪の手元には、大晴の化想を封じた本がある。


「冷たい、まだ苦しいのかも」


野雪は本の表紙を撫でながらそう言った。どういう事か分からず、たま子が志乃歩へ視線を向けると、志乃歩はバックミラー越しに、たま子へ視線を向けた。


「化想を出した翌日って、結構不安定になる人もいるんだ。化想を出した事を覚えてないのに、その気持ちを引きずってたりするからさ。さっきは大丈夫でも、その数時間後は分からない。まぁ、見守るのがうちの仕事でもあるからね」


志乃歩の視線は、やがて窓の外を眺める野雪に注がれ、それは、少し困ったような、それでいて優しい微笑みだった。


「鳩だ」


野雪の言葉に、志乃歩もシラコバトが戻って来たのを確認すると、車を一度停めて窓を開けた。窓に腕を掛けると、シラコバトはその腕に止まり、志乃歩に何やら話しかけているようだった。


「何々?あ、家を出たみたいだな」

「一人?」

「そうみたいだ」


志乃歩は野雪にそう答えると、シラコバトの頭を一撫でし、「よろしくね」と、再びシラコバトを空へ放った。そして、少し遅れてから車を発進させた。


「僕の可愛い鳩はどこに向かってる?」

「大通りから脇に入った。総合病院が近くにある」


野雪はスマホを見ながら言う、志乃歩と野雪のやり取りに、たま子は驚きの表情を浮かべた。


「え、もしかしてそういうアプリがあるんですか?」

「はは、化想を追えるアプリがあったら便利だけどね、普通にGPSだよ。今付けたんだ」


そういうことかと、たま子は納得した。そのままシラコバトのナビを頼りに、安心安全のスピードで、車はあぎのい総合病院とは別の病院の方へと向かっていった。




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