不公平ラヴァーズ
うずも
私と先輩
こんなのはおかしい。納得できない。どうして先輩は楽をして、私は辛いの。どうして先輩はずっと私を苦しませるの。そんなの、
——不公平だよ
***
「おはよー!」
「あ、おはようございます先輩!!」
鮮やかな黒色のロングヘアに、瞳には見事なまでの黒色。制服を着崩しているのに相応しく底抜けに明るい性格で、さらには周囲を可愛さで包み込む雰囲気を漂わせている。それが先輩だ。
廊下で偶然先輩と出会ってびっくりしたが、私は努めて元気に返事をした。その胸の内を悟られたくはないのだ。
何故って、私でもわからない。先輩を見ていると、胸の鼓動が高まるのだ。言葉にも形容できない、不思議な気持ち。その正体は少し心当たりはあるけど……
「おーい、聞こえてるー?」
「うわ!? ……ごめんなさいぼっとしてました」
うわの空だったのか、先輩に指摘されてしまった。
「まぁいつものことだからいいけどねー 流石はぼーちゃん」
「ちょっとその呼び名やめてっていったやつなんですけど!!」
「やー、愛嬌あって可愛いと思うけどなぁ私は」
「恥ずかしいです却下だ却下!!」
なんて、日々考えすぎて先輩に変なあだ名をつけられる始末だ。
けれど先輩には言えない。だって、この気持ちの正体が″それ″なら、普通じゃないからだ。
普通は異性同士がするもの。私は経験したことはないけれど、中学の時友達と話していたときは例外なく男女だった。
しかし、私と先輩は同性なのだ。
先輩への想いは恥ずかしくて周りに言えない。言ったとしても、いい方向に繋がるとは思えない。むしろ一瞬で破滅するだろう。
けれど、胸の高まりは収まるどころか日々強まるような気がして。
自覚なんてしたくない。したら辛くなるのだ。それなら一生、この想いを閉じ込めて──
そんなことを考えているとチャイムが響き渡り、私は教室に戻った。その後はあっという間に時間が進み、6限が終わっていた。
クラスメイト達は殆どがこの後部活みたいで、授業が終わったらすぐに部室の方に向けて全員陸部なんじゃないかと思えるくらいの速さで駆けている。
私は特にすることもないため帰路に着こうかと廊下に出る。するとそこには、あの先輩がいた。
「ひゃぶ!?」
「何だその声は」
先輩はくすりと笑いながら尋ねた。
「なんでもないです!! それよりなんでここに……?」
口角が上がりっぱなしの先輩もかわいいが、普通に恥ずかしいので話題をそらす。
「あー、実は今日急遽部活開こうと思っててね 色々準備終わってないのもあるし 無理ならいいんだけども」
視線を行ったり来たりしながら、艶のある長い髪を触り先輩はそう言う。
「いえ、全然行きます 大丈夫ですよ」
「わかった! 他のみんなも呼びたいけど、絶対来ないだろうし……」
「まぁ、確実にそうでしょうね……」
私達の部活は手芸部。先輩は実は部長さんなのだ。この部活は個人で自由に作成するという部活の性質上、自ずとゆるゆるになり基本やる気のない人が多い。そんな人たちに緊急招集をかけたところで結果は明白だ。
「んじゃー、二人で少し作業するか」
「はい」
ん……?二人で……?
それってつまり、部室で先輩と二人きり……?
気がついたときには体全体が熱を帯びていた。目がクラクラと回転して、今にも倒れそうだ。
至近距離で長時間を先輩と一緒にいるだなんて、考えてもしなかった。否、そんなこと来るはずもないと思っていた。正気が保てなくなると、咄嗟に悟っていた。
「大丈夫ー?」
先輩が笑みをごほしながら話しかけてきた。
「あ、大丈夫です……」
いつもより声が小さくなっていたようにひとりでに感じた。大丈夫だろうか、いつもと変わらないだろうか。不安の気泡が私の周りを浮遊していた。
「ほんとに嫌ならいいのよ?」
「大丈夫ですよほんとにっ 安心してください」
「んまぁ、わかった 思ったことは素直にいいなね?」
「わかってますよっ!」
とにかく、先輩が不安を感じるのは本望ではない。だから絶対に平常心でいなくては。
そんなことを思いながら、私と先輩は部室に向かっていった。
部室に入ってから私達は個別に作業を始めた。部室のカーテンからは未だに陽光が漏れ出ており、額に少しの汗を覚える。
先輩と二人きりという状況下、何をしても意識せざる負えなかった。制作途中の小さなうさぎのぬいぐるみを縫いながら、先輩の方を無意識にちらちら見てしまう。
先輩の作っているものはテディベアのぬいぐるみだ。それも、私の手のひらサイズよりうんと大きい。先輩はそんなぬいぐるみとにらめっこして、こちらの視線に恐らくは気づいていない。
けれど、話さないのも気まずいのだ。
「先輩の、大きいですよね」
「まぁそうだねぇ 作るからには夢を見ないとね 自分には素直でいなくちゃ」
自分には素直。そう言えるところが先輩らしいし、見習うべきところでもある。
「でも先輩、前に他の方々に大きいの作るのは部長としてそれらしく見せたいから云々って言ってたの聞きましたよ……?」
「うげ、なんで聞いてるのかなぁそれ」
先輩は肩をしゅんとしていた。やっぱり素直なんだなぁと感心する。
「たまたまですよっ というより部室の前で大声で否定していた方が悪いです」
「タイミング…… あぁ神様御慈悲を……」
「思い詰め過ぎですが!!」
ふふっ、と笑う先輩 そんな先輩の微笑み方も素敵だ
「あぁそれとですね、あの後──」
次の言葉を発そうとした瞬間、急激な激痛が体を貫いた。
「くぁっ……」
視線を痛む箇所に移すと、それは赤色が少しつづ指先を被ってきていた。針を刺した。瞬間的に理解していた。
「ちょっと大丈夫!?」
先輩が髪を揺らしながら駆けつける。その瞳にあるいつもの綺麗な黒色は、陰りが見えているような気がした。
「……っ、なんとか、はい」
「そんなわけ無いでしょうに とりあえず楽な姿勢でいて」
そう先輩に促される。
「えぇと、これ絆創膏 私が貼ったほうがいいよね」
痛みに堪えている私に気遣ってくれている。その事実が、痛みよりも私にとっては痛みなのだ。
先輩は絆創膏を貼るために、私の近くに来た。ぐちゃぐちゃだった。全ての感情という感情が入り混じり、脳が処理するのを耐えられなくなっていた。
先輩の指が私に触れる。先輩の顔が近くにある。こんな至近距離で、意識しないわけないじゃないか……
そんなどうしようもない感情に襲われ、私は自覚せざる負えなくなってしまった。
この気持ちは、なんだろうか。
私は自身が問うたものに、ずうっと明確な答えは見いだせずにいた。
けれど、これはきっと。憧れとか尊敬とか、そういうのではなくて。
──恋しているんだ、先輩に。
気づいてしまった。自覚してしまった。胸の動悸が波打ち、異様な様に意識が向かう。今にも全身が張り裂けそうで、背中から汗が糸を引いて来ていた。こんなどうしようもなく好きになってしまって、それを受け入れてこなかったのに。ずっとこれでやり通すと密かに決めていたのに。それなのに自覚させてしまった先輩はほんと、罪すぎる先輩だ。こうなったら責任の一つや二つくらいは取ってほしい。
「よし、これでいいはず……」
そんなことは露知らず、気がつくと先輩は私に絆創膏をしてくれていた。
「あの、ありがとうございます それと迷惑をかけてしまって」
「あぁ、いいのいいの よくあることだし、なんなら私も昔やっちゃったこともあったし 大丈夫だよ」
先輩はさも当然だと言わんばかりに私を励ましてくれる。そういうところも好きなのだ。それにしても先輩もあるのか、こういうこと。
「おっちょこちょいですね」
いつの間にか、そんなことを口走っていた。
「おっ、喧嘩売った今??売ったよね??」
「ち、違いますよ」
「ふーーむ」
怪訝そうに私のことを見つめる先輩。たったそれだけのこと、いつものこと。それなのに体が無意識に反応してしまっていた。脈拍はそれだけで最高潮に達し、部屋には音が響きわたっているような気さえする。こんなの、我慢できない。
「まぁとりあえず作業に戻ろうか もうちょっとで終わるし」
そんな感情をどうせ知らない先輩はそう提案する。天然なのか、そう演じているのか私には判別がつかなかった。
「そうですね、終わらせましょうか」
そんな無責任な提案に、私は同調する他なかった。気持ちを後ろに飾りながら。
***
「おわっっったぁぁああ!!」
達成感というより疲労からくる悲鳴がこだまする。部屋には赤色が薄れていき、ほのかな暗さが覆うようになっていた。
「うるさすぎです先輩…… けど私も終わりましたしよかったです」
本当はそれどころではなかったのだが、後輩としての意地で無理やり終わらせた。
「ちょっと歪んでるけどねそっち?」
「うぐっ、けどそれいうなら先輩も少し曲ってません?」
「いーのこのくらい!!」
私は手が震えてうまく行かなかったが、先輩も何かあったのかな。そう思案したところでわかるはずもなく、とりあえず笑っておいた。
「ほんともぉ 終わったことだし帰る?」
「あ、ちょっとまってください」
「ん? なになに??」
私はずっと考えていた。ここまで自覚させて、なのに先輩は無自覚で。そんなの不公平じゃないか。先輩だけずるい。二人きりでドキドキしないなんて、私が狂ってどこかへ行ってしまいそう。だからこそ先輩にもドキドキしてほしいし、私のことを好きになってほしい。不公平な先輩なんて嫌だ。そんなの許さない。
いつも元気で明るくて、真面目だけど天然で素直で、けど困ったときはすぐ助けれくれる優しさもあって。そんな先輩が好きだ。だから私は……
「ねっ、先輩 話したいことがあるんです」
「お、改まってどうしたのー?」
大きく息を吐き、姿勢を整える。できるだけ自然に、かつ大胆に。素直さには素直さで。
「先輩、その……好きです 付き合ってください」
窓からは残照のように教室を包み込み、同時にそれはなぜだか暖かさをも感じさせた。
そして全てが光に包まれ、外の木々は祝福の嵐をなびかせていた。
不公平ラヴァーズ うずも @Uz_Mo
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★1 エッセイ・ノンフィクション 連載中 6話
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