第37話 スリランカ人の弱点
「何があったのか?」
家族連れの男性が走りさったトゥクトゥクを見ながら、聞く。
「あんた、騙されたんだろ。あのドライバー、よく見かけるよ。」
売店所の女性が私を見て同情の目を向ける。どうやらこの手の有名人らしい。私がドライバーを囲んでくれた人たちにひとしきり頭を下げると、
「でも、ターゲットからお金を巻き上げずに逃げて行ったの初めて見たわ。」
と売店の女性が笑いながら、私にぬるいペットボトルの水を渡してきた。ご苦労さん、と言う意味が込められているらしい。
ありがとう、と私が、受け取ると、
「声だな、声。」
とスタンド前で待っていた男性の一人が白い歯を見せる。
「スリランカ人は大きな声に弱いんだよ。大きい声の人間が苦手なんだよ。」
スタンドに立っていた人々が、声をあげて笑う。
「そうそう、で、あなた、どこへ行きたいの?」
「私はゴールへ行きたい。」
「そこの、バス停から出るよ。」
売店の女性が指をさす。
「来た、来た、これ」
白い歯の男性がバスを止めてくれた。
再度ひとしきり頭を下げてバスに乗り込み、車掌らしき若い男性に、ゴールへ行きたい旨を伝え、着席した。
車内の時計を見る。8時。まだ早朝なのに、半日分動いたくらいにくたびれている。走り出して早々車掌さんが代金を徴収しに来た。230ルピー。
「日本人か?」
レシートを渡しながら、車掌さんが聞いてくる。そうだよ、と返事をすると、
「乗ってくれてありがとう!」
先ほどの出来事と真逆のシーンに、思わず車掌さんを二度見する。
さして美味しくもないクリームソーダ味のファンタを飲み、自分を落ち着かせながら、深くシートに身を沈める。
なぜ自分は、あの自称銀行員を信じたのか。
今、思い出しても、あの男は信じるに値しない、ハイレベルな気分屋といった風貌だったし、胡散臭さも十二分に醸し出していたではないか。
スリランカに到着してからの旅中、私は非常にスリランカ人によくしてもらった。
日本人だ、と言うだけで、無条件で優しさを与えて来てくれた人たちに多く出会ってきた。地蔵様のように大事にされる振る舞いを腹いっぱい受けてきたことにより、
どこかで私は、徐々に勘違いをするようになっていたのかもしれない。
当初、自分が疲れているから騙されたのだと信じ込もうとしていたのだが、違う。天狗になっていた自分を認めることが恥ずかしいから、疲れに責任を押し付けようとしただけだ。天狗になっていた証拠が、先ほどの私の振る舞いに出ている。相手に対して怒鳴りつけて戦おうとするなんて、大人しい民族で構成されているスリランカ国民だから何の被害もなかったものの、南米などでやらかしたら、瞬殺されていたに違いない。大人しく3000ルピーを授業料として払う方が命の危険はないのは一目瞭然である。今一度気を引き締めよう、と心に誓う。朝から猛省だ。
軽く自己嫌悪に陥っていたら、前方の座席の左手側の隙間から、視線を感じた。目の前の座席のイケメン兄ちゃんが何度も微笑んできていたのだ。私もつられて微笑む。
うん、せっかくの旅だ。今から街全体が世界遺産であるゴールに行くのではないか。気持ちを切り替えよう。
途中で20分ほど、休憩を挟み、11時にゴールに着いた。このバス路線はずっと海岸線を走るもので、海を見つめていたら、少し荒んだ気分が紛れた。
「観光客はゴールなどの海岸エリアに行くときは列車を利用するからあまりバスに乗ってくれないんだ。」
と休憩時、車掌が話してくれた。この路線はほとんど、地元の人の足になっているという。途中、乳飲み子を抱えた母親が乗ってきて、お坊さんが優しくバラモンシートに座らせる、温かい光景などを目の当たりにした。
ゴール駅前を確認し、帰りの時刻を確認する。15時35分の列車に乗るぞ!と決め、ゴールの街を歩きだした。
ゴールは城塞都市である。ポルトガルからオランダ、そしてイギリスと統治されてきたスリランカ。ゴールはイギリス統治時代、特に支配の拠点として重要な位置を占めていた街だ。世界遺産となっているのは砦の中の旧市街。こちらを中心に散策して行こう。
晴れ渡る空。たくさんの観光客。やたら中国人が目に付く。今までほとんど目にしなかった民族の登場にいささか面食らう。
時計台のある中心から時計と反対周りに半島を一周することに決めた。
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