第6話
その後、俺たちは何度かこの鬼ごっこを繰り返した。
最初は多少戸惑ったが、段々この生活にも慣れて来て、結構楽しいと思い始めていた。
1ヶ月くらいなら余裕で?1人でも?家にいられるようになったし?
……嘘。余裕は嘘。
すでに2週間目くらいで結構寂しかったけど、迎えに来るのが早いっていつも朝子に馬鹿にされるから、今回は頑張った。
でも、そろそろいいだろう。今日辺りから本格的に朝子を探し始めるぞ。
「あれ、ヒロ?」
「…おーー!大輔!何してんの?」
「何って、普通に仕事の後、部下とサクッと飲んできたとこ。お前は?」
こいつは、新卒で入った会社の同期だ。俺は数年で辞めてフリーになったが、こいつは20年近く勤続している。
今でもたまに飲むから、そんなに久しぶりという感じでもない。
「そっか。俺も近くで打合せがあって、同じくサクッと飲んできたとこ」
奇遇だな、と2人して笑った。
「あ、そういや、その店で朝子さん見たぞ」
「え!?」
「あれ、これ言っちゃマズかったか?なんか、若い男と2人でいたから話しかけなかったけど。…お前、もしかして朝子さんに逃げられた?」
大輔は茶化すような言い方をした。
“逃げられた”というのは、あながち間違ってはいなくて、なんだか複雑な気分だ。
「それ、どこの店?」
「そこ曲がってすぐ右の地下にあるバーだよ。…お前、頑張れよ」
大輔にお礼を言うと、すぐに小走りで店の前まで来た。
だが、なかなか足が進まない。
若い男って、朝子にはそんな友達いたのか?
いや、朝子は元々、誰とでも友達になれるような奴だけど。
…もしかして、この鬼ごっ婚も、そいつと会うための口実だったんじゃ。
いや、でも、朝子に限ってそんな、そんな浮気なんてことは……ない、ない!
気合を入れ直して、店のドアを開いた。
暗い店内に入ってすぐ、カウンターに座っていた男女がこちらに振り向く。
1人は朝子。そして、もう1人は…。
「なんだ、お前か」
「あれ、ヒロ兄?朝子さんが呼んだの?」
軽薄な見た目をしたこの男は、俺の姉の子供。つまり、甥っ子だ。まだ大学生のクソガキ。
朝子とは、プロレス観戦という、俺には理解出来ない趣味が合うようで、初対面で意気投合していた。
今日も一緒に観戦をした帰りに、朝子のおごりで飲みに来たらしい。
「ううん、勝手に来た。ヒロってほら、束縛男じゃん?」
「あー分かる、分かる。真面目が故にそういうとこあるよね」
「どこが!」
すると、2人は顔を見合わせて吹き出した。
「冗談じゃーん!ヒロかわいいー」
「ヒロかわいー」
朝子の言葉をクソガキが真似る。それが無性に腹立たしい。
このほろ酔い2人組は早々に解散させる必要がある。
「ほら、朝子ちゃん。そろそろ帰ろ」
甥っ子とは、店の前で別れた。なんだか知らんが、この後、大学の友達と合流するらしい。
俺とは違って、陽キャだ。実に姉の子らしい。
俺たちは、駅に向かおうとして歩き出した。と思ったが、前に進んだのは俺だけだったようだ。
朝子が、後ろから俺の服の裾を掴んで止まった。
振り返ると、朝子は言う。
「この近くのホテル、まだチェックアウトしてないの。だからさ、ツインの部屋に変更してもらってさ、一緒に泊まってく?」
見つかったらすぐ帰宅。朝子が提示したはずのそのルールはどこへ行ったんだ。
でも、俺はそんなのは、別にどっちでも良かった。
この日、ツインの部屋を取ったのに、俺たちは結局1つのベッドで一緒に寝た。
ここ1年くらい、家で暮らしていた時も別々のベッドで寝ていたから、朝子と寝るのはなんだか緊張した。
人肌の温かさを久しぶりに感じて、信じられないくらいぐっすり眠れたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます