土星
隙間から射している陽の光に、私は目を覚まされた。寝過ごしてしまった、とつぶやいて、私はベッドから出た。早く起きられないというのは、いかにも休日の一日らしいが、それも困ったものである。スマホの時計を見ると、もう十時を越していた。久しぶりの休日だから、京子ちゃんはまだ寝ているだろう。洗面台で顔を洗った後、リビングにある大きなダイニングで、朝食を取った。土曜日の午前中に放映されている、バラエティ番組を見ながら、リビングのソファに寝転んで、スマホをいじった。
それからしばらくすると、京子ちゃんがリビングに入ってきた。
「おはよう京子ちゃん」
「おはよう〜」
「今日は仕事無いの?」
「うん、これから当分の間は、休日はフルで休みだよ」
「良かったね、お疲れ様」
「ほんとに疲れたよ、明里ちゃん今まで大変だったのにごめんね」
「ううん、京子ちゃんの家に来るまでの事、ほとんど覚えてないから」
「あ、記憶、ほとんど無いんだっけ。じゃあ思い出話してあげるよ」
「うん、お願い。もしかしたら思い出せるかもしれないから」
「じゃあお兄ちゃん、明里ちゃんのお父さんの話からしよっか。お兄ちゃんは、昔から頭がよくてさ、テストでいつも良い成績ばっかり取ってたよ。良い大学にも行って、九歳年下の私ですら憧れる程だったんだよ。だけど、お兄ちゃんが大学三年生の時に書き置きだけ残して、何処か行っちゃってさ。どこで何をしているのかわからなくなっちゃったの。その時、お母さんは半狂乱でお兄ちゃんを探してたよ。それをお父さんが止めて大変だったよ」
お父さんが失踪した事実を初めて聞かされた。でも、わたしはお父さんをほとんど憶えていなかった。
「それから数年後にお父さんから癌が見つかったんだけど、発見したのが遅くて、そのまま死んじゃったの。お父さんの葬式にもお兄ちゃんは来なかった。でも三年前、急に『娘と妻を連れてそっちに帰る』って連絡が来たの。だからお母さんと私で彼を待ってたの」
京子ちゃんは黙った。しばらく間を置いた後、彼女はまるで喉に物が詰まっているような苦しそうな声で、もう一度話し始めた。
「来た連絡は、お兄ちゃんたちの車がトラックに突っ込んで明里ちゃんだけ無事だったの。お兄ちゃんと明里ちゃんのお母さんは遺体も残らないくら潰れちゃっててね。明里ちゃんが助かったのが奇跡と言えるほどの事故だったわ。そのあと、明里ちゃんはお母さんと私の元で育てる事になったけど、お母さん、精神的にキツかったみたいで、この家を私と明里ちゃんに渡して、小さなアパートに移り住んだよ。明里ちゃんの学費は、お母さんから援助があったから、私は楽だったわ」
「ありがとうございます」
「ううん、お兄ちゃんの子だもの。私の子供同然だよ。」
「それで、私のお母さんは誰だったの?」
「そこがまだよく分かってないんだよね、何故か」
「そんなことあるんですね」
「でも、記憶もほとんどないのに、明里ちゃんが普通の女の子として過ごせて良かったよ」
「友達、葵くらいしかいないけどね。小学校は行ってた記憶あるんだけど、誰がいたのか、どんな場所にあったか覚えていないの」
「そっか、これから記憶が戻ればいいね」
「うん、頑張ってお父さんとかお母さんの記憶を思い出せるようにするよ」
「無理しすぎなようにね、困ったことあればなんでも言って良いから」
「ありがとう、京子ちゃん」
その後、私はお父さんのことや、京子ちゃんと一緒に暮らしていた時のことなど、昔の話を京子ちゃんとして、部屋に戻った。
部屋に戻ると、机の角にまた小さな段ボール箱が置かれていた。またか、と思いながら開けると、そこには口が入っていた。何かを喋るわけでも、呼吸をするわけでもない。何の変哲もない口が、箱のなかに入っていた。誰がこんなものを送ってきたのか? なぜ、こんなものが送られて来るのか? 箱をまた閉じて、机に置いた。立ちすくんで考え込んでいると、目の前が段々と暗くなって、私はそのままベッドに倒れ込んだ。
しばらくすると、また元の視界を取り戻した。けれども、あまりにも激しい頭痛をわたしは感じて、目を閉じることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます