水沢朱実

第1話

厳かに

今でもあの人はあの場所で

一人歌っているのだろうか


花が、咲く。

桜の、狂い咲き。

厳かに、鮮やかに。

けれど

咲いては

散っていく。


憧れでしかなかったあの人を

桜の木の下に一人、思い出す。

あの人は、歌っていた

普段はけっして出すことのない声で

時々

あのようにして

我を忘れるようにして

ただ

歌った


あの人のことが

私は


とても好きだった


あの人から遠ざかって

人の噂もきかなくなって

それでも

桜の花が咲く頃に

毎年

気が付くと

同じ歌を口ずさんでいる


ああ

ああ

何故なのだろう


桜の花が

とても恋しい。



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水沢朱実 @akemi_mizusawa

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