第31話 竜肉のクリームシチュー(3)

◇◇◇◇◇◇



 そして痕跡を追うことしばらく、僕は崖にたどり着く。

「足跡は……崖の向こうに消えてるな」


 これは手遅れだったか?崖を覗いてみる。

 ん?すると崖の方から明かりが見えたぞ。

 まさかと思って少し準備をする、スパイダーゴーレムを呼んで魔法のリュックサックから丈夫なロープを取り出した。


「……アースランス」

 そして魔法で出現させた尖った岩にロープを巻き付ける、僕の身体にも巻いた。

 そして崖を降りていく、十数メートル程降りると、崖に人が入れる程の大きさの穴が空いていた。


 そして中に入る、そこにはリゼルさんらしきあの女性冒険者がいた。

「こんにちは」

「ッ!?おっお前は!」


 見ると装備もボロボロだ、そして怪我もしている様である。

「救出に来ましたよ、先ずは回復しますね、ヒール」


 言うと回復魔法を発動する。ビクッとした彼女だが怪我が治りはじめると大人しく回復させてくれた。

 そして回復を完了すると、今度はお腹がグゥ~~となった。もちろん彼女からだ。


「えっと……先に何か食べるかい?」

「………………ありがとう」

 さてっそれなら晩御飯を途中で切り上げてきたのでここで晩御飯を僕もいただくとしますか。


 穴の中を見ると火をおこしている以外は食べ物を食べた形跡がない。

「携帯食料とか持って来てなかったの?」

「火竜を倒したタイミングで雪獅子に襲われた。仕方なく火竜を諦めて携帯食料も捨てた」


 雪獅子は見た目はカッコイイが食い意地が張っている、食べ物を持っていると必ず嗅ぎつけて追ってくるのだ。


 だから冒険者は雪獅子に襲われると持っている食べ物を捨ててその食べ物に雪獅子が気を取られているウチに逃げるのである。


「なる程、なら少し待ってて。ちゃんとお腹に溜まる物を作るから」

「別に食べ物なんてお腹が膨れれば良い。料理なんてしなくても携帯食料を持っているならお金を払う……」


 ……なぬ?。

 この小娘、食事を………馬鹿にしたね?。

 僕の前でお腹が膨れれば何でもいいよと言わんばかりのその言葉。許されんよ。


「携帯食料は僕も持ってない。だから少し我慢しててね」

「………分かった」

 少し、いやっ結構ムカついたので携帯食料を持ってないとウソをついた。


 こう言う食を軽く扱う若者には天罰が必要である。僕はスパイダーゴーレムを呼んだ、崖でもスパイダーゴーレムは余裕で移動出来るのだ。


 スパイダーゴーレムの籠の中の魔法のリュックサックから僕はガスコンロと底が深めのステンレス製の鍋を取り出す。

 その鍋にはラップがされている、僕は調理は家や異世界電車が止まってる所で済ませているのだ。


「そういえば火竜を狩ってたよね?火竜の肉や舌は美味しいって知ってた?」

「知らない、モンスターは欲しい素材以外は全てお金に換金してる」


 やっぱりね、それは勿体ない事をしていた事を教えてあげよう。

 ちなみにこの鍋の中身はクリームシチューである、ガスコンロで温め治せば直ぐに食べられる様に既に調理済みだ。


 ラップを剥いでガスコンロにチャッカマンで火をつける。そして中身を回しながらしばし待つ。

 最初は興味なさげだったリゼルさんだが美味そうな匂いが狭い穴の中を満たすとこちらをチラチラと見だした。


 この寒い中で寒さと空腹に耐えていたのだろう、そんな彼女の前に温かいクリームシチューである。

 よしっ頃合だな。僕は皿とスプーンをリュックサックから出した。


「はいっどうぞ」

「ありがはぐっ!あっつうっ!」

 お礼と同時に食べるからだよ、熱いに決まってるじゃん。


「!?、うっうま……!」

 僕はとてもニマニマした。それに気付いたリゼルさんは身体を横に向けて後ろを向いて食べはじめる。反応が可愛いよね。


 そしてばくばく食べるリゼルさんが気になった事を僕に聞いてきた。

「このシチュー、美味いな」

「クリームシチューだよ。この寒いウィンダー地方じゃ特に温かい食べ物が美味いんだ」


「それにこの中の肉も美味い…」

 その言葉を聞いて僕はニヤッと笑う。

「それね、火竜の肉なんだよ?」


 リゼルさんは目を見開く。

「あの火竜の肉がこんなに美味しいだと?」

「信じられない?確かにあの肉食ドラゴンの肉が何でこんなに臭みがないのか僕も不思議だと思うよ」


 地球じゃ大抵の肉食動物の肉は食えたもんじゃないイメージがある、ライオンとか。

 しかしこの世界だと肉食モンスターでも普通に食べられるのである。


「このアガーム大陸で冒険者をやるなら美味い物を食べた方が良いよ。何しろ気を抜くと直ぐに死んじゃう場所だからね、人生食事する回数って限られててるんだからさ」


「…………」

 無言で食べるリゼルさん、何か格好つけたセリフを言った自分が恥ずかしいんですけど…。


「おかわり」

「はいはい」

 まっいいか、美味そうに料理を食べてるなら問題はない。


 僕は竜肉のクリームシチューのおかわりをリゼルさんに用意する。そして僕も一口。

「うん、温かくて美味いね~」


 濃厚なクリームシチュー、この味は年中美味しいけどこの寒い中で食べると何倍にも美味く感じる。

 あのホットコーヒーと同じ原理だ、そしてこの火竜の肉。


 肉の美味さと柔らかさ、しかし弾力もあるので肉を食ってる感はある。最高だね。

 ドラゴン肉はファンタジーの最高級肉だと個人的には思っている僕だ。



 ◇◇◇◇◇◇



「………その竜肉のクリームシチュー、私のは?」

「え?ないけど」


 場所は冒険者ギルドの酒場、僕はマコラとリゼルさんを救出した時の事を話していた。世間話だ。

 しかしマコラは無事に済んだ救出クエストよりも話に出て来たクリームシチューの方が気になるらしい。


 残ってる訳ないじゃん美味しかったんだから。

 クリームシチューは全て僕とリゼルのお腹の中である。

 しかしマコラは目を細めると淡々とした口調で語る。


「……私の時は梨一個だった」

「いやっあの時はそこまでお腹空いてなかったし」


 今回は僕もお腹が空いていた。そしてリゼルさんにグルメの素晴らしさを布教する意味も込めて竜肉のクリームシチューを振る舞ったのである。

 しかしマコラは欠片も納得していない。


「私の時はそんな料理は出さなかった」

「あの時は急いで冒険者ギルドに行ったほうが」


「出さなかった」

「…………」

 頑とした意志を感じる、これは何を言っても無駄かな?。


「なっなら作ろうか?竜肉のクリームシチュー、けど火竜の肉がもうないんだけど…」

「狩ってくる」

 マコラが席を立つ、そして僕の隣に来るとガシッと肩を掴んだ。


「何してる?ハジメもクエストに行く」

「……はいはいっ分かったよ」

 食欲で活動するマコラに引っ張られて今日は火竜を狩るクエストを受ける事になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る