第12話 名刀秋刀魚とポンコツちゃん(4)
「パニアちゃん!……チェンジリング!」
咄嗟に魔法を発動した。
チェンジリングは自分と自分以外の誰かとの位置を入れ替える魔法だ。僕はそのまま湖にダイブした。
もう仕方ない、腹を括るか。
僕は魔法を発動して水中で呼吸が出来るように、そして水中でも目を開けても平気なようにする。
当然周囲の白刃秋刀魚が僕に向かって突撃してくる、水中では碌に身体も動かないので魔法でしか対抗出来ないな。
けど防護系の魔法は基本的に一方向からの攻撃にしか対応出来ない魔力の盾みたいなのしかない、普通に白刃秋刀魚達は魔法を避けて突撃してくるだろう。
「ならっ攻撃あるのみか……ショックウェーブ!」
僕を中心に魔力の波紋が周囲に広がる。
構わず突撃してきた白刃秋刀魚達がその波紋を受けるとそれぞれが変な方向に泳ぎ出したり、溺れた人間のようにその場でジタバタしだした。
この魔法は物理攻撃の魔法じゃない、音波によって相手にステータス異常『混乱』を付与する魔法とでもゲーム的な解説が入りそうな魔法だ。
魚にも頭があり、そして脳的な物もある、この魔法はそう言う手合いに効く魔法なのだ。
但し一体一体がそこまで強くないモンスターにしか大して効かないけどね。
「…………!」
故に、残念ながら目の前に悠々と現れた一匹の白刃秋刀魚には効いていないご様子。
白刃秋刀魚いやっ名刀秋刀魚なんだろうな、コイツが。モンスターなのに、秋刀魚なのに纏う空気が違う。
悠然とした強者の気配、しかもこちらが動くのを待っているかのような感じだ。これは下手な魔法を使うと一瞬でやられるぞ。
「ライトオブエレメンタル……ソード!」
僕の右手に魔法により生み出された光の剣が現れる。これは僕が振るう剣ではない、魔法により自動で決めているコースを振るわれる魔法剣だ。
しかしその剣速はまさに光速、僕が使える魔法の中でもダントツで最速の攻撃魔法だ。
問題は一瞬でヤツの攻撃を見切り、そこにこの魔法剣が振るわれるコースをセット出来るかどうかなんだけどね、こればかりはぶっつけ本番しかない。
こちらの準備が整ったと見たのかゆっくりと名刀秋刀魚が動き出し………その姿が消えた。
ダメだ、泳ぎが速すぎて目じゃ追えない。僕は名刀秋刀魚の殺気のみを頼りに魔法剣が振るわれるコースを選ぶ。
名刀秋刀魚の本当に微かな殺気は、僕の左側の首元に迫っていた。
間に合うか?……水中の水が少し振動する、名刀秋刀魚の背ビレ辺りが白刃のような光を発するのが見えたような気がした。
刹那、僕の魔法剣のコースも完成する。
光の刃が振るわれた。
………喉に当たった背ビレの感覚は、普通の魚の物だった。
「あっぶな~~!後コンマ数秒遅れてたら首がなかったわ~」
僕の目の前には気絶した名刀秋刀魚がフヨフヨ浮いていた。ライトオブエレメンタルソードは物理的な破壊をする魔法じゃなく敵の精神を攻撃する魔法剣だ。
切られた相手はめちゃくちゃ気分が悪くなるのである。名刀秋刀魚は気を失ってしまったらしい。
僕は名刀秋刀魚をマジックポーチに入れると、水中に顔を出してラゲルさん達に生きてますと声を大にして叫んだ。
◇◇◇◇◇◇
「それでは……」
「白刀秋刀魚と!大量収穫に!カンパァ~イ!」
「「「「「「乾杯ッ!」」」」」」
ベースキャンプの一つである飯処にて僕達は打ち上げをしていた。
今回の白刃秋刀魚の漁は大成功、ラゲルさんも冒険者達もホクホク顔だ。
出されたアルコールを飲みながら冒険者も水夫もご機嫌である。中でも特にご機嫌なのが……。
「いやーー!ハジメさんが湖に落ちた時はどうなるかと思いましたよワタシはーー!」
船の上であたふたしてるだけだったとラゲルさんからは聞いてる、まああの場でポンコツちゃんに出来る事なんて特になかった。むしろ湖に飛び込んだりしなかっただけ懸命とも言えた。
「しっかしいきなり秋刀魚たちが混乱するなんて不思議な事もあるもんですね?名刀秋刀魚も勝手に自滅でもしたんですか?」
恐るべき事にポンコツちゃんはあの状況を僕が運だけで生き残ったと考えているらしい、思い込みとは本当に恐ろしいものである。ってかこのポンコツちゃんが恐ろしいわ。
ちなみに今回のクエストの報酬はマジで折半である、僕とパニアちゃんは同じ額の報酬を受け取っていた………しかしラゲルさんからは内緒でボーナスを僕だけしっかり貰っている、そりゃあそうですよねっと思った。
懐が温かくなり幸せそうなポンコツちゃん、運ばれてきた料理に歓声を上げる。
僕の所にも同じ物が来た、今日のご飯は秋刀魚定食である。
こんがり焼き目のついた白刃秋刀魚の香りはとても食欲をそそる、白いご飯もこのアレクサンドには普通にある。惣菜の小鉢と吸物も共に木製の板に載ってテーブルに置かれた。箸さえ普通に用意されてるのだ、アレクサンドは日本人に優しい。
別に打ち上げと言っても冒険者達に二次会三次会なんて碌でもない風習はない。ここで食べて飲んで、それで終いである。明日もクエストに行くヤツは行くのだ、あんな呪いの文化だけは異世界に持ち込まないと心に決めている。
「………頂きます」
先ずは秋刀魚を一口、身に脂がのっていて最高に旨い。塩っ気も本当に丁度良くこれは白米と合うに決まってるわ。
「ウッマ!白刃秋刀魚なんて初めて食べましたけど、これは旨いですねハジメさん、いや~苦労してクエストこなしたかいがありましたね!」
「…………」
ポンコツちゃん、確か大して腕力もないから網の引き上げ作業もしてないってラゲルさん言ってなかったかな?。
まあ彼女が幸せなら特に水を差すこともあるまい。ちなみに僕の定食の秋刀魚は白刃秋刀魚ではない、名刀秋刀魚だけどね。
味も香りも白刃秋刀魚よりランクが一つ上の物だ。しかしポンコツちゃんには香りだけではそこまで差があるとは感じないらしい。
そう思ってる間にポンコツちゃんは秋刀魚定食を完食してしまった。
「ん?ハジメさんそんなにゆっくり食べるんですか?食べないならその秋刀魚ワタシがたべ──」
「絶対に嫌だよ」
ポンコツちゃんの魔の箸から名刀秋刀魚を守る戦いが始まった。
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