第10話 名刀秋刀魚とポンコツちゃん(2)

 それから食事を終えた(恐るべき事にポンコツちゃんは僕の洞窟サザエにまで手を伸ばして来た、三つ程犠牲となる……マジ許せん)我々は一際大きなテントに向かう。


 中には冒険者ギルドと同じ様な依頼票が張られたクエストボード、木製の椅子やテーブルが置かれていて受付カウンターもあった。冒険者もチラホラといる。

 ここはテンバー地方のベースキャンプにある冒険者ギルドの支部だ、イルバーンにある冒険者ギルドの場合だとテンバー地方以外の依頼も確認出来るけどこの支部はテンバー地方の依頼のみが張り出される。


 代わりにイルバーンのギルドでは張り出される事のない依頼とかがこちらの支部ではお目にかかれるのだ。


「取り敢えず、明日にでもクエストに行けるように依頼を確認しましょう」

「そうしましょうか」


 正直『海底洞窟』帰りの僕は明日は疲れたから休もうと思っていたのだけど、このポンコツちゃんが金がない時って基本的本当に無一文の時だからな。

 流石に腹ペコでクエストについてこられても困るので予定を早めに立てたい所だ。


 幾つか依頼票を確認する。そう難しくはないクエストにしたいが基本的に冒険者に回ってくる仕事とは命の危険がつきものだ、だからこそ冒険者なんて職業が存在する訳なんだけど。


 僕とポンコツちゃんが難しい顔で依頼票とにらめっこしていると、とある人物が声をかけてきた。

「おうハジメ!今日も仕事か?」

「こんにちは、ラゲルさん」


 僕の視線の先には頭にバンダナをした鬼のように怖い顔をした大男がいた。格好は紺色で少し厚手の半袖短パンに靴を履いている。


 彼の名はラゲル、漁師をしている人だ。種族人間である、驚きだ。

 彼は主に海へと繰り出されクエストで何度か一緒になった記憶がある。しかしテンバー地方には海はない、なのに何故彼がいるのかと言うと。


「ああっモール湖に白刃秋刀魚はくじんさんまが来たんですね?」

「そうだ、普通白刃秋刀魚は海にいる。だがヤツらは『海底洞窟』を通って海水と淡水が混じるモール湖にこの時期やって来るんだ」


 なにぶん日本の秋刀魚の知識はないので異世界産の秋刀魚との違いとかは僕には分からない、まあわざわざ『海底洞窟』を通ってくる辺りが日本の秋刀魚とは違う所だろうな。しかしこの白刃秋刀魚は日本の秋刀魚と互角以上に美味いのである。

 脂の乗った焼き秋刀魚は最高だ。


「おっそうだ、さっきクエストを出してきたぜ?明後日にモール湖で冒険者を集めて白刃秋刀魚の漁をするんだが。お前もくるか?」

「明後日ですか?ええっぜひ…」


 パニアちゃんが僕の袖をクイクイしてる。

 分かってるってば、僕は彼女も一緒にその白刃秋刀魚の漁に出られないかとラゲルに話をした。


 結果特に問題ないそうだ、これでポンコツちゃんとの約束も守れてクエストを成功すれば白刃秋刀魚にありつける。

 取り敢えず今日の所はこの貧乏なポンコツちゃんに今日も明日のご飯代として幾らかお金を貸してあげた。


 ちなみにこの子は貸したお金を返してくれた事はない。まあそう言うタイプの子なんだよ、正直この世界のお金には困ってもいないから良いけどあまりなあなあでいたい相手ではないかな。


 そして次の日はゆっくり休んで、さらに次の日。

 僕達はモール湖に向かった。モール湖にはラゲルとその部下の水夫達が用意した木造船が四隻浮かんでいた。そこそこ大きい船である。


 集まった冒険者は僕とポンコツちゃんを含めて二十人程だ、結構集まったな。


「白刃秋刀魚かぁ絶対に食いたいぜ」

「だなっ!秋刀魚定食は酒場でも大人気だ、しかもこのクエストに参加したヤツが優先して出してもらえるからな!」

「おうっ必ず白刃秋刀魚にありつくぜ!」


 このアガーム大陸の冒険者はこんな感じで自らの食欲に忠実な連中が多い、僕もその一員だ。

 ラゲルさんは船長でもある。今回の白刃秋刀魚の漁について漁の説明をしてくれた。


「──まあそんな感じで、簡単に言えば白刃秋刀魚を魔法で追跡して先回り。来たところに網を俺達が放るからお前ら力自慢の冒険者は引き上げ作業に従事してくれ」


 僕達冒険者に細々とした作業とか説明されても分からない。それを知っているラゲルさんはシンプルな作業だけを冒険者にさせる。

 他に来ていた冒険者の一人がラゲルさんに質問をした。


「それだけですか?やけに簡単な仕事ですね」

「あまいぞ、白刃秋刀魚の泳ぐ力は強い、水夫達じゃあ逆にモール湖に引っ張られるんだ。万が一お前らが力負けしてモール湖に引きずり込まれたらどうなると思う?」


 ラゲルさんの言葉の意味をその冒険者はよく分からないという顔をしていた。


「……白刃秋刀魚にはその身を刃物みたいに変質させる特殊能力がある。海に引きずり込まれたら網に入れ損ねた他の白刃秋刀魚にお前らが三枚に下ろされる事になるんだよ」


「……っ!?」

 冒険者の顔が青いなった。

 当たり前だが、冒険者が出張る以上白刃秋刀魚も立派なモンスターとして扱われる生き物だ。


 異世界産の秋刀魚も人を殺せる特殊能力も持つ、ここはアレクサンドそんな世界なのである。


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