脱出させたい②
「ちょっと正気!?そんなことしたらもう一緒には働けないわよ!」
「し、仕事は別で見つけます。勇者家業を再開すればなんとか食っていけますし」
「……本当にいいの?」
「ここから僕は元勇者パーティ、盗賊ライトとして頑張ります。短い間でしたが、ありがとうございました」
目つきの悪い少年――ライトは唖然とする三人に一礼をして、逆走を始める。
第一階層から第五階層までかなりの距離がある。
しかし、表の道でさえ一分足らずで第四階層まで到着できるライトにとって、裏道となれば数十秒にも満たない時間でたどり着けるだろう。
一秒か二秒。
瞬きをするような刹那にライトはずっと離れていて、三人から見れば豆粒のようになっている。
少女は高飛車に鼻を鳴らし、青年はため息をついて、大男は欠伸をした。
三者三様の呆れを表し、ライトを見送る。
――ライトは第五階層、ボス部屋の前に辿り着く。
灰色の金属でできた豪奢な扉。
少年の三倍はあろうかという大きな扉は分厚く、そうそう人の手で開けられるようなものではない。
「よしっと」
ライトが扉に手をかけ、思い切り押す。
壁を押しているかのような重い圧――ライトは踏ん張りを利かせ、ギアを一段上げるようにさらに強く押した。
耳障りの悪い重低音、金属の擦れる音が洞窟内に反響しながら、扉はゆっくりとゆっくりと開く。
開いてしまった。
人ひとり分は通れるほど隙間から、ボス部屋に光が差し込み、直線状に照らす。
円形にくりぬかれたボス部屋にはいくつかの松明が壁に刺され、暖色の灯りでぼんやりと辺りは視認できる。
ライトは顔をしかめた。
無残な死体が一つ転がり、それを抱えて泣き叫ぶ魔法使いが一人、戦意を失い武器を握らない戦士と、足が震えながら剣を構える勇者らしき人。
そして壁際にいる彼らへハサミを向ける、蠍のようなボスモンスター。
大型のそれは彼らをいたぶるような狂気の笑みを浮かべている。
振り上げるハサミ、対象は動かない戦士だろう。
勇者はその攻撃に気が付き、庇おうとするがもう遅い。
戦士が風圧で上を見上げた頃にはハサミは既に顔の近くにある――
「あ、あれ?」
戦士は素っ頓狂な声を上げた。
戦う気も生きる気も失った、巨大なハサミで押しつぶされトマトジュースになる運命だったはずなのに、生きているのだ。
隣には振り下ろされたハサミがある。
ある、というか落ちている。
ハサミから腕にかけての接続部の節がバッサリと切断されて、肝心の蠍にくっついていない。
「グァラリィラァ!?」
蠍も唐突に千切れたハサミに動揺を隠せず、情けない声をあげて驚く。
痛みに苦しむ悲痛な叫び。
苦戦ばかりで聞くことのできなかった、ダメージの入った音。
その声には戦士だけでなく、魔法使いも勇者も顔を上げた。
千鳥足の蠍、何が起こっているのか分からない彼らが次に見るのは、
「だ、大丈夫ですか?あっ、いや大丈夫なわけありませんよね」
異色の返り血を浴びて、一対の剣を持つ少年の姿。
かつて勇者と共に魔王を討伐した盗賊の姿である。
剣を振り、血を飛ばす。
鞘に入れると、見上げたまま座り込む戦士に手を差し伸べた。
戦士は動揺しながらもその手を取る。
「とりあえず、この場は引き受けます。あなたたちは逃げてください」
「あ、あんたは」
「僕ですか?僕はライトです、元盗賊です」
「ライト?元盗賊?……あ、あんたもしや!?」
「あーいえ!!恐らく思い浮かべている人とは違います!!それより早く逃げてください」
危うく気付かれそうになった戦士の背を押し、他の二人にも同様に声をかけた。
勇者はあっさりと引いてくれたが、魔法使いはそうもいかない。
「私もここで死ぬ」だの、「この子を置いていけない」だのと聞き分けが悪かったので、ライトは謝りながら気絶玉を口に詰めた。
動かなくなった魔法使いを戦士たちに渡して、扉を閉める。
ライトは再び蠍と対面する。
蠍のハサミは既に生え変わり、強固な皮膚に覆われている。
「ひ、久しぶりです。ガルドスコーピオン」
蠍は大きく咆哮する。
「すみません、獲物を奪ってしまって。でもこんなことは今回で最後なので許してください」
蠍は黙った。
「はい。僕は職を失った感じですね。でもいいです、また冒険者として頑張ります」
蠍は唸る。
「あなたのところにも来るかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
ライトは
――おい」
洞窟を抜けて、これからどうしようかと思案しているとき、声がかかる。
その声は高飛車な少女であり、隣には大男と青年が並んでいた。
全員大荷物を持っていて、青年はいつもの倍は抱えている。
「ど、どうしたんですか?そんな大荷物」
「やーこれを機に転職するのもいいと思ったのよ。私、虫嫌いだし」
「あなたが心配でみんな辞めたんですよ」
「ちょっと!それは言わないって話じゃ!」
「ありすちゃんがおらたちに話してくれてな。この仕事にこだわってたわけでもなかったから、こうやってやめたんだよ」
アリスは顔を真っ赤にして横にいる二人を睨んでいる。
「どうです?我々無職ですし、これから一緒にパーティでも組みませんか?」
「あの、い、いいんですか?」
三人はライトの言葉にきょとんとして、笑った。
アリスは盛大に笑い、青年は口を隠して笑い、大男はにんまりと笑みを浮かべる。
「知らない仲でもないじゃない。死なば諸共よ」
「使い方あってるんですか?それ」
青年は抱えている大荷物のうち、一つをライトに渡す。
やけに青年の物だけ多かったのはライトの分まで持っていたかららしい。
「では改めて、私はリーブル。魔法使いです。元勇者パーティ……いえ、これはわざわざ言う必要ありませんね。魔法も使えますが、腕っぷしもあります」
「おらはドンド。戦士で、巨人族だど。ほかに言うことは特になし」
「アリス。エルフ。戦士」
「ら、ライトです。盗賊やってます。解体なら任せてください」
新たにパーティとして同じ道を歩む彼らは再度自己紹介をした。
「そ、そう言えば、パーティを組んでくれるんだったらどうして一緒に下へついてきてくれなかったんですか?」
「あの程度の雑魚、あんた一人で事足りるじゃない」
「それはそうですけど」
アリスは呆れて、リーブルはたしなめ、ドンドは微笑み、ライトは凹んだ。
脱出させ隊、隊則その四。
辞めるも自由、就くも自由。
脱出させ隊の新たな門出は、新たな脱出させ隊が生まれるということでもある。
脱出させ隊は新たなる隊士の誕生を心より願っている!
”脱出玉”の誰も知らない真実 うざいあず @azu16
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます