脱出させたい①

 四人は裏道を上がっていた。

「あの方法ほんとなんとかならないの?気持ち悪いったらしょうがない」

「も、もっと勇者一行が速かったら、好き勝手やれるんですけどね」

「そもそも脱出玉が逃げの手段ですから。瀕死寸前で使うためのものですし、そうそう好きにはできませんよ」

「じゃあ最近流行りの機械銃!団子詰めた弾丸をモンスターに打ち込めば楽じゃない!?あとはいつも通り剣でドーンと!」

「あれ爆音が鳴るので難しいですね。あと筒と玉が高いので採算が取れません」

「それなら吹き矢は?風切り音くらいしか立たないし。物自体は安く済む!」

「おらたちの肺活量じゃ煙幕を全部吹き飛ばしてしまいそうだなあ」

「こう、ふーっ優しく吹くから!大丈夫よ!」

 三人は少女を見る。

 背中に身長の倍くらいはありそうな両手斧を担ぐ戦闘狂。

 そんな人に繊細さが備わっているとは思えない。

 少女も視線の意味を理解して、耳を赤くした。

「打つ手なし、か……」

 がっくりと肩を落とし、これからも続く虫とのゼロ距離戦闘を想像して、鳥肌を立たせた。

 あれこれと四人でマニュアルに文句を言いながら、どうにか虫に触らずに気絶玉を食わせることはできないかと話し合う。

 答えは出そうになく、単なる暇潰し。

 

 もうそろそろ地上へ着きそうなところで――

『脱出玉の使用確認!脱出玉の使用を確認!座標を送ります!!』

 と、耳をつんざくような音が青年のバッグの中から聞こえてくる。

 四人は足を止め、青年以外はとっさに耳を塞いだ。

 青年はなんでもなさそうにバッグへ手を突っ込み、音の原因たる長細い機械を取り出す。

 青年がその機械に付いたぼたんを押すと音は消えた。

「えー?またあの勇者エンカウントしたの?面倒なんだけど」

「そんなこと言わないでくださいよ。私だって嫌だなって思いますが……」

 青年はそこまで言いかけて、口を閉じた。

 大男と少女は青年の表情を見て納得したような顔になり、再び階段を上がる。


「あ、あの。助けに行かなくていいんですか?」

 焦ったような表情の少年は三人の顔を交互に見る。

「そういや君はこれ経験するの初めてだったっけ。あのね、これは誤報なの」

「ご、誤報?」

 少女は首肯する。

「座標がボス部屋だったとき、それは誤報扱いになるの」

「えっでも、ボス部屋にいて助けを求めてるんじゃ、大変なピンチなんじゃないですか?」

「そうかもね」

「そうかもねって」

 少年は何か言いたげに下を向いた。


「まあ大人の事情ってやつよ。そうね……はっきり言っちゃえば、脱出させ隊と教会と魔王軍の相互利益のためってことになるのかしら」

 少女はそんなふうに説明を始めた。


「まずあんたも知って通り、私たち脱出させ隊は魔王を一度滅ぼした者たちの集まり。本来なら魔王軍が死んでも殺したい相手なのになぜか生きてる。理由は単純で私たちが中立になったからよ」


「ボスは倒さない。魔王軍には手を出さない。けど日銭を稼ぐ分には働くからたまに手下を殺すかもしれない。脱出させ隊は私たちを守る側面もあるの」


「仮にこの約束を破ってしまうと、教会と魔王軍の二つを敵に回すわ」


「まず、教会。彼らは壊滅した勇者パーティを復活させる事業で成り立ってるところがあるから、私たちが助けすぎると死なないパーティが増えて十分なお金が得られなくなる」


「次に、魔王軍。元勇者が暴れ出したらそりゃ敵判定になるわよね。最近は魔王軍で働いてる元勇者もいるし、あんまり目を付けられたくない」


「以上!なにか質問は?」

 少女が高らかに解説を終えると、大男と青年は大げさに拍手をした。

 対して少年は納得できていなさそうに、まだ俯いている。


 脱出させ隊、隊則その三。

 ボス戦や特別な戦闘に手を出してはならない。

 理由は大人の事情。


 少女はため息をつき、告げる。

「ボスに手を出さないのは、明日の私たちを守るためであるのよ。またあの地獄みたいな日々が始まるのは嫌でしょう?」


 少年は少女の言葉で思い出す。

 自分がまだ若く、勇者パーティの一員として魔王軍と敵対していた日のことを。

 調子が良くダンジョン攻略がいつもよりできた日のこと。

 調子に乗って、モンスターを深追いし、やっと追い詰めた先がボス部屋だった。

 ボスは味方を蹴散らしてゆく。

 あっというまに残りは自分一人となった。

 仲間の悲鳴、絶叫、肉の断つ音。

 そこら一帯は鮮血で染まり、肉や内臓がそこらに転がっていた。

 自分を庇うようにして倒れた味方の折れた杖。


 そのどれもが、今でも鮮明に思い出すことができる。

 必死に逃げてどうにか助かろうとしたこと、諦めて立ち向かってボロボロになったこと、もう終わりだと思ったとき涙が止まらなかったこと。

 最後の最後に他の冒険者が助けてくれたこと。


 少年は下唇を強く噛み、少女の目を見た。

「僕はそれでも、脱出させたい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る