八話 鍜冶と喧嘩は猛炎に


「――じゃあつまり、住処に妖魔がわんさか湧いて? 逃げてるうちに学校の方に行っちゃって? 捕まった……って?」

「へえ、お恥ずかしい限りで……」


 ぴょん、ぴょん、と一本足で飛び跳ねて、隣の一本だたらは頭をかいた。有難いことに、追いついてからはずっと歩幅を合わせてくれている。

 しかし、怒涛の展開に揉まれ冴えていた脳みそも、流石に疲れてきたのかもしれない。そんなに長い爪でそんなことをして、頭皮は傷つかないんだろうか……。なんて、迫多の思考は話の内容とは一切関係がないような、どうでもいいところにばかり向いていた。


「まるで追い込み漁ねえ」

「言い得て妙ですなあ。いっそ本物であれば、網も竹竿も燃やしちまうんですが」

「一本だたらって、炎出せんの?」


 大あくびをしながら尋ねれば、一本だたらはケラケラ笑う。


「そりゃあ、あっしは一本だたらですから!」

「そういうもんかあ。かっこいいな〜」


 と、ふわふわ中身のない会話をしているうちに、目的地へは辿り着いていた。

 裏山の中腹辺り、迫多が良く行く方とは逆の、東の横穴。話によると、この辺りが一本だたらの住処だ。


「……なんか、めっちゃ居ねえ……?」

「うじゃうじゃいるわねえ」


 ざっと見渡した後、二人はゆっくりと元凶であろう場所へ瞳を向ける。

 そろそろ空も薄らと明るみ始める頃合いだというのに、横穴は真っ暗だ。多少は影がかかるとはいえ、その暗さは異常と言って差し支えない。よく観察すれば、ドロドロとした闇が絶え間なく漏れ出ていた。更にその周り、半径数十センチほどの地面すら、べとりと黒で覆われている。


「………………」

「………………」


 迫多とユイノメタチノカミはそっと顔を見合わせた。お互いの面には見るからに面倒事だなあと書いてある。数が多そう……というかもう、弱いやつらが山ほど合体している疑惑が出ているのだから、仕方ない。アイコンタクトで、ドッジボールすれすれの意思疎通を交わす。


「……? ああ、なるほど! 先にあっしの力をお披露目しろってことですな?」


 ところが、その無言の間を何故か、一本だたらが勝手に良い感じに勘違いしてくれた。


「え? ……あ、うん。なんか、うん、そう……そうみたい」


 何言ってんだ? と、思わなかったとは断言できない。迫多は咄嗟に、ユイノメタチノカミを見る。けれど、彼女が作り物のような丁寧さでニコリと笑ったので、従った方が良さそうだと思い、そういうことにしておいた。


「でしたら遠慮はしてられねえ! あっしもこれらに一人で対峙するのは心細かろうと思うておりやした」


 うんうん一人で頷いて、一本だたらは大きな一つ目に闘志を燃やす。何だか変にやる気を出させてしまった。一本だたらのよく回る口曰く、彼にとってこれはリベンジマッチだそうで。迫多なら絶対勝てると言われてしまえば、もう期待は裏切れない。


「さあ迫多殿!」

「お、おう!」

「片手を。そしてあの言葉ですぞ!」

「わ、かった!」


 勢いに押され、言われた通り、一本だたらの毛むくじゃらの手のひらの上に自身の片手を乗せる。奇縁が結ばれたから……なのか、一本だたらの気質や魂を表しているような、強いエネルギーが手のひらを介して伝わってきた。


(想装、憑拠!)


 その熱意に応えるべく、迫多もユイノメタチノカミを信じてやる時のように、一本だたらのことを強く想像する。

 靄形態の妖魔と違って、光で消えてくれるのかがわからず、唱えるのは心の中でになった。


 だがそれでも、信じる思いの強さは変わらない。迫多の格好が、光と共に変化していく。



 使い古したスニーカーは、赤色の高い一本下駄に。着慣れたパーカーとジーンズは、それぞれ胸元がガバリと開いた濃紺の長着と、黄色から赤へグラデーションのかかった乗馬袴に置き換わった。長着の袖は風もないのに炎のように揺らめき、乗馬袴の裾はチリチリと焼け焦げたかのような跡だらけ。

 長着の下は肌襦袢ではなくぴっちりとした黒いインナーだが、寒さは感じなかった。右肩から背中にかけてを覆っている、この茶色の毛皮は猪のものだろうか。


 飽和する光の中パチリと瞬きをすれば、右目を黒い眼帯が覆う。視界が半分意味をなさなくなっても、どうしてか不安は心を蝕まない。

 ユイノメタチノカミの力を借りた時の光が、絢爛でどこか神々しい光背こうはいのようなものだとしたら、きっとこれは身を包み轟々と心の臓を動かしながら天へと昇華される光焔こうえんだ。


 いつの間にか両手に握られた、やや小ぶりの向槌むこうづちを思い切り打ち合わせる。炎を模した長着の袖がゆらりと靡き、向槌の先端では青と赤の火花が散った。こうするのが正解だと、無意識にわかっていた。

 二、三度ほど、同じように向槌を打ち鳴らす。響く硬い金属音がやけに耳に馴染む。気づけば、槌の頭はすっかり炎を纏っていた。



「変身完了っと!」

「おお〜決まってますなあ! 迫多殿!」

「へへ、ありがと!」


 やはりこれは想装の力なのだろう。本来ならば随分重いであろう向槌を、小ぶりとは言え迫多はくるくると弄ぶ。一本下駄なんて見たことすらなかったが、何故かバランスも綺麗にとれていた。


「つっても……攻撃効くのかな」

「手っ取り早く燃やせばいいんじゃなあい?」

「あーやっぱり? 突っ込むのは怖いもんな……」


 一本だたらの想装は、至極単純だ。特徴的なのは、槌を振るうことで炎を発生させるという点と、足の力が強化されているらしいこと。

 知らないはずなのに、いつの間に知っていた。ないのにある記憶を引っ張り出すのは、どうにも不思議な感覚だ。とりあえず悪影響を及ぼすわけではなさそうなので、便利に身を任せるけれど。


「お、っと! あっちもやっと敵対してきたか……!」


 様子見がてら、火の灯る向槌を両手に迫多がドロドロの闇へと近づけば、その闇は獣のような形に変わり、牙を剥いてきた。あと一歩進んでいたらどこかしら噛みつかれていたことだろう。妖魔はギュルギュルと聞き覚えのある唸り声をあげている。


「よーし、勝負だ!」


 おそらく、妖魔の行動範囲は地面に黒が侵食しているところまで。真正面からは近づきにくいとなると、有効なのは上からの叩きつけか。


 迫多は足に力を込めると、試しにぴょんと高く跳ぶ。


「ギュルグアァアアァ!」


 宙に浮いた迫多を見上げ、妖魔がまた威嚇した。しかし、迫多はそれを気にすることはなく。少なく見積っても普段の身長と同等の高さまで跳び上がったそのままの勢いで、頭らしき形の部分目掛けて、燃え盛る向槌を振り下ろす。


「おー……らぁっ!」


 強い衝撃音が鳴り響き、微かに地面が揺れた。妖魔は姿を変え迫多に対応しようとしていたようだが、落ちてくるスピードに追いつけなかったらしい。真っ黒な塊は、どんな獣にも似て非なる、不格好なキメラに成り果てていた。今やもう頭もどろりと溶けてしまったので、その化け物度合いたるや筆舌に尽くし難い。


 しかし、まだだ。迫多の攻撃はそれだけでは終わらない。一本だたらの力が籠った炎は、不浄を焼き、穢れを祓う。


「ギッ! グルグゥア!」


 槌と触れ合っている部分から、妖魔へ焔が引火した。形を保っていられず、キメラの体部分すら段々と溶け落ちていく。ジリジリ広がる炎の効果はかなりのもののようで、次第に黒の下から普通の地面が見え始めた。


「このまま押し切ってやる!」


 向槌を妖魔から離しても、燃え広がった火はもう消えない。迫多が向槌を大きく振り回し、更なる炎を飛ばしたのと、妖魔が横穴の奥から蠢く黒い弾を発射したのは、ほぼ同時だった。それらは空中でぶつかり合って、両方本体へは届かず消える。


 けれど、あちらの攻撃もそれだけではなかった。己に火が回っていることが決め手になったらしい。妖魔は放った弾を目くらましに、ドロドロとしたその身全てを移動に使って、勝負をかけに迫多の死角へと回り込む。


「っ!」


 気配に気づいて振り向いた時には、大きく真っ黒な口が迫多を飲み込み噛み砕かんとしていた。


「迫多殿!」


 迫多が慌てて槌を振るうより前に、一本だたらが火の玉を飛ばす。だがそれは、地面の黒から一瞬で伸びた長い手に跳ね除けられた。妖魔は一本だたらの方に見向きもしない。


 それでも、迫多にとっては名前を呼んでくれただけで充分だった。

 横から殴打するには時間が足りない。後ろに下がっても意味がない。


(なら、こうだ……!)


 迫多はわざとその場から動かず姿勢を下げた。半ば迫多に覆い被さるように縦に延び、大口を開けていた妖魔は、律儀に頭部を曲げて迫多を追う。

 妖魔の牙が、一瞬迫多の髪に触れた。それと共に、迫多は足に溜めていた力を解放した。


「グギュルガッ」


 瞬間、迫多の身体は制御の効かない猛スピードで目の前へ向かって突撃する。正面にあったのは……もちろん妖魔だ。弾丸のような超速でぶつかってきた迫多に、ドロドロの身体は一瞬で貫かれた。


 それから、迫多はその先にあった木にも突っ込んで何とか止まる。転げたものの、向槌を突き出し、先にぶつけて衝撃を和らげることで怪我は回避した。


「よっし! 作戦成功!」


 結果的に当初怖がっていた戦法になってしまったけれど、一泡吹かせてやった気分だ。迫多は座り込んだまま、片手でガッツポーズをする。

 丁度、タイムリミットだ。妖魔が丸ごと火に包まれた。


「よくやったわねえ」

「迫多殿〜! お疲れ様でした!」


 ユイノメタチノカミと一本だたらが迫多の元へやってくる。特に一本だたらは感極まったのか泣きそうだった。


「二人とも……ありがとな! 一本だたらはさっきもありがとう」

「いえいえ……! あんなことしか出来ずすいやせん。我々、妖魔に近づきすぎると取り込まれちまうもんで……共闘もできず……!!」


 悔しそうに拳を握り込む姿はちょっと面白い。迫多は笑って口を開く。


「いいよ、呼んでくれたおかげで勝てたんだから!」


 立ち上がり、残党が居ないか辺りを見回せば、ふと綺麗な日の出が目に入った。


「眩し……」


 それは徹夜明けの瞳には些か強すぎる刺激である。しかし、明るい空は迫多の胸に満ちる達成感を更に後押ししてくれた。


「なあユイノメタチノカミ、いいことするって気分いいな」

「……そうね。弱いあなたが案外使えることもわかったし、私にとっても有意義な夜だったわあ」

「使えるって……お前なあ」


 ジトリ睨めど反応はない。仕方ないから今だけ許してやるか、とか。上から目線で思ったりした。


 八不思議はまだ、校舎の中で健在だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る