七話 奇縁は無数で唯一つ


 協力、とは言っても、一本だたらに何が出来るのだろう。迫多はこの妖怪について詳しくない。


「はあなるほど、そりゃあ面白い! ユイノメタチノカミさまは突飛な方ですなあ」

「それ褒めてるの? まあいいわ、じゃあ迫多」

「いやいやだから! 待ってくれって。えっと、それってどういうことだ?」


 しかし、一本だたらとユイノメタチノカミの間には、共通認識がきちんと出来ているみたいだった。乗り気な二人に引き離されないうちに、迫多は素直に質問する。


「想装のことに決まってるでしょう?」

「決まってねえんだよなあ……」


 話の腰を折られたユイノメタチノカミが、きょとんと迫多を見下ろした。そんな、さも当然でしょう? って感じの顔を向けられても困る。


「でもなんだ、想装か……ん? 想装?」

「そおよ。私のばっかりじゃ敵わない相手も出るでしょ。ここらで新しい縁を結んでもいいんじゃなあい? あなた達、相性悪くなさそうだもの」


 敵わない相手……ふと、脳裏に家庭科室の調理器具達が蘇った。あれは何が強かったのか、迫多はおそらく数なのではないかと思う。

 一番最初にも言われたけれど、ユイノメタチノカミの力を借りた想装は、隙を伺ったり隙を作ってからの一撃必殺タイプだ。きっと、どちらかと言えば一体一の戦いに向いている。それにもっと言うならば、迫多はまだまだ想装を纏うことに慣れていなかった。思い返すほどあのバトルはあまりにも不利な条件の元だったのだ。


「……要は、新しい変身ってことだな!?」


 とにかく提案の意味を理解して、迫多の瞳がキラリと輝く。ユイノメタチノカミの力を借りたいつもの想装も、素早く動けるし何故か大きな鋏も楽々振り回せて楽しいが、想装のバリエーションは幾つあっても良い。それだけ戦略の幅が広がるのは勿論、なにより心がワクワクする。

 ああそうだ。それに、一本だたらの力を借りて変身したら、あの食器達にだって今度は迫多が勝てるかもしれない。そう考えると俄然やる気が湧き出た。


「あ、でも、どうやるんだ?」

「そこは私に任せなさい」


 尋ねれば、ユイノメタチノカミが自信満々に胸を張る。良くも悪くも、散々常識外れなところを見てきたので、本当に出来るんだろうとわかってはいるが、それでも随分偉そうな振る舞いだ。迫多の口からはつい不満が漏れる。


「ええ……お前に?」

「当たり前でしょう? 私は縁を司る神なんだから。奇縁を結うなんて簡単よ」

「ふーん……奇縁って?」

「あなたそれすら知らないの?」

「お前がなんにも教えてくれないんだろー!」

「キャンキャンうるさいわねえ……まあ、お馬鹿なあなたにもわかるように言うなら、不思議なめぐり合わせ……ってことかしら」

「いや雑かよ。しかもさらっと俺を貶すし!」


 全く、ユイノメタチノカミってやつはこれだから。言い合いをしていれば、急に一本だたらが笑い始めた。


「あっははは!」

「うわっ、え? どうしたんだよ」

「いやいや、申し訳ない。神とそのように対話なさるとは、迫多殿は恐れ知らずですなあ」

「ああ……そういう」


 たしかに、相手は神様だ。少なくとも、迫多もそこは信じている。なればこそ、この口の利き方は本来有り得ないものだろう。とは言え生憎、敬う気持ちは全然湧かないのだけれど。


「……俺、変かな」


 ただ、一本だたらが相も変わらず笑みをこらえているものだから、ちょっぴり不安になって前髪をいじる。


「変よ」

「お前には聞いてない」


 そしてすぐさま、眼前で逆さまに浮いたユイノメタチノカミと目が合った。少し上にある肩をぐいと押して、距離を取る。やっぱり丁寧な態度なんか出来る気がしない。

 というかどうせ、やろうとしても何を今更、とか。からかわれて終わる未来だ。


「神と人の子としてはまあ……おかしいかもしれやせんね。だが、おふたりは相棒だ。そうでしょう? ユイノメタチノカミさま」


 ところがそんなでこぼこの二人のことを、一本だたらは本気で相棒だと思っているらしい。確信めいたその口振りに、迫多は次を予想して、げんなりユイノメタチノカミを見上げた。


「……私が? 迫多と?」

「ええ」

「そう見えるの?」

「ええ!」

「……そう」


 しかし、迫多の覚悟は無駄になる。ユイノメタチノカミは否定もしなければ、迫多を馬鹿にもしなかった。彼女の表情にも、別段一本だたらの相棒発言を嫌がっているような感じはない。たまにある、この毒気の抜けた状態のスイッチはどこなのだろう?

 よくわからないが、巻き込まれた身としては存在を尊重してもらえるのはありがたい。


(なんだ、こいつちょっとは変わってんじゃん)


 迫多の機嫌が良くなった。

 正味、出会って数時間で変わるも何もないし、なんならその様子を「ユイノメタチノカミさまと相棒なのが嬉しいのですなあ」なんて風に一本だたらに勘違いされているのだが、知らない方がいいこともある。


「まあ、いいわ。とにかく奇縁を結ぶわよ」

「ん、りょーかい」

「へい。頼みやす」


 すると不意に、ユイノメタチノカミの右手の中に小さな鋏が現れた。それは迫多が想装を纏った時に武器として使っている、裁縫セットに入ってるような大きく鋭い裁ち鋏とは違い、指を入れる穴がない。握り鋏、和鋏などと呼ばれるそれを、迫多は見たことがなかった。


「なんだそれ」

「これ? 繋げる縁を間違えた時のためよお」

「お前それは神としてやっちゃダメだろ」


 けれど、単純にどういうものかを知りたかったのに、返事が斜め上を行くものだからつい迫多はツッコミを入れてしまう。


「って、じゃなくて……それ、はさみ? だよな?」

「ええ、そう。昔の鋏よ。それから、私の神体を模したもの。保険ってだけじゃないのよ? 手にあった方が力が安定するの」

「ふーん……つまりお前の大事なものってことか」

「これはそこまでじゃないけれど、本当の神体は確かにそうね」


 そんな会話をしながらも、ユイノメタチノカミは左手の指先で何もない空を掴む。残念ながら見ることは叶わないが、そこには何か……迫多又は一本だたらの縁とやらがあるようだ。糸切り鋏の刃の擦れる音が鳴る。


「えっお前今失敗したのか??」

「縁の先を枝分かれさせただけよ。臆病さん」

「ぐ、ぐぅ……」


 図星を突かれて迫多は唸った。これに関しては、ユイノメタチノカミが事前に迫多をビビらせるのも悪いのだけれど。


「にしてもその鋏……随分錆びとりますなあ」

「久々の目覚めだし、手入れする者が居ないんだもの。仕方ないわ」

「どうせなら研ぎやしょうか?」

「……いいえ。あなたのことだから、きっと上手く仕上げてくれるんでしょうけど……これは結局は私を表しているものだから。力を取り戻せばそのうち変わるわ」


 裏表のない一本だたら相手だからか、そしてそれが完璧な善意による申し出だったからか、ユイノメタチノカミは何時になく優しく提言を断る。何を考えているのか、それからも作業を続ける彼女の姿はどこか儚げだ。実際足は常に途中から透けているんだけれど、そうではなく。なんだか目を離したら、その瞬間綺麗に消えていそうだった。


「それも、そうですな。いやはや出過ぎた真似を……」

「別に。さて、ふたりとも。終わったわよ」


 まあ、その感覚こそ一瞬のうちになくなってしまって、ユイノメタチノカミもいつも通りに戻ってしまったが。


「あ、終わったのか。全然変わった感じはしねえけど……」

「でしょうね。また今度、迫多が持っていたカメラで一緒に写真でも撮りなさい。物証があった方が、縁は強まるから」

「写真」


 なんと、妖怪はカメラに映るらしい。


「写真とな! ハイカラですなあ」

「ハイカラ」


 ちょっと世代の違いを感じた。


(てか、危機感足りなくね?)


 とりあえず今後彼らとの写真を現像したらその時は誰にも見られないように別のアルバムに入れて隠した方が良さそうだ。万が一見つかったらもう、加工と言い張ろう。


「ところで、ずっと気になっていたのだけど」

「はい?」

「ん?」

「丑三つ時に発生したと仮定しても、なぜ妖魔の気配がこんなにも強いの?」

「えっマジかよ?」


 さて、まだまだ厄介事は息をしているらしい。草木も眠る〜……なんて、嘘っぱちだ。

 ユイノメタチノカミはふわりと袖をはためかせながら、ひとつの方角を指し示す。


「あっちよ」


 それを辿って、何か思い当たることがあったのか、一本だたらが申し訳なさそうな顔をした。


「ああ……丁度、願い事でそれを頼むつもりだったんですわ」

「……そういや、一本だたらはなんであんな学校の近くにいたんだよ?」

「なんと、それも向こうの妖魔と関係があるんですなあ……」

(マジかあ……)


 片方の口角だけを器用に上げて遠い目をされたので、迫多も苦笑いを返す。乾いた笑顔の応酬だ。


「迫多、行くわよ。話は道中で聞きなさい」

「ええ……仕方ないな」


 せっかく奇縁? とやらを結んだわけだし、困っているのを見逃すなんて寝覚めが悪い。迫多はようやっと靴の踵をきちんと直す。スニーカーの中には、いつの間にか小石が入っていた。


「あっしもお供しやす!」

「ええいいわ。夜が明ける前に終わらせましょう」


 小石のせいで居心地が悪くて、一度脱ぐ。上下を反対にして揺すっても、暗いせいでなんだかよくわからない。

 そういえば、ユイノメタチノカミや一本だたらも全体的に灰色だったり焦げ茶だったりと彩度の低い色なのに、何故か彼らのことは暗闇の中やけにハッキリ認識出来ていた。今更ながらそれに気づき、首を傾げる。相手が人間じゃないからだろうか?


 とにかく迫多にわかるのは、ひとつだけ。やっと準備が万全になった時には、すっかり置いていかれていたということだけだ。


「……なんっでだよ!!」


 慌てて辺りを見回す。それからなんとか遠くに小さく色付くふたつの後ろ姿を、迫多は全力で追いかけた。

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