三話 はじめての妖魔退治


「ほうら、着いたわよ」

「いでっ!」


 諦めの感情で濁りきった目をしていた迫多は、ユイノメタチノカミにどさりと地面に落とされ、意識を取り戻す。下がやわい土の地面で幸いだった。勢いよく打った尾てい骨を労りつつ、立ち上がり汚れを払う。


 どうやらだいぶ下の方まで降りたようだが、まだここは山の中だ。今から起きるのだろう逃げられないバトルを思い、迫多は顔を覆う。


「はあ……もう嫌だ〜〜ていうかぜってえ門限過ぎてるし〜〜!」

「ああもう、グダグダ言わないで。醜いわよ」

「言い方!!」


 ぐるぐるその場で回りながら弱音を吐けば、切っ先の鋭すぎる言葉の刃が突き刺さった。精神的にも肉体的にも怪我しかしていない。


(なんでこんなことに……)


 やはり帰りの会に最後まで出た方が良かったのか。それとも立ち入り禁止の山に入ったのが悪かったのか。

 そんな後悔が次から次へと浮かび上がった。


 ……少なくとも、立ち入り禁止とされている山に危険を無視して自ら突撃するのは、無謀と呼ぶ他ないだろう。それで何かあっても本人以外責任は取れない。


「全く……多分弱いから大丈夫よお」


 ユイノメタチノカミは微かに丸まった迫多の背を雑に叩いて慰める。


「それに、何も生身で戦えなんて言わないわあ」

「……ほんとか?」

「ええ、もちろん。私の力を貸してあげる」


 その言葉に、迫多はほっと息をつき、顔を上げた。けれど、ユイノメタチノカミの力とは何か? それを聞く前に、闇の中、木々の影から一体の黒い塊が現れてしまう。


 それは靄のようにぼやけ、揺れて、全貌がわからず、到底生きているようには見えない。

 だが、ギュルギュルとおかしな唸り声をあげていた。


「うわっ……」

「あら、お出ましねえ」

「なんか……見てるとゾワゾワする。あんなのと戦うのか……?」


 得体の知れない恐怖が迫多を襲う。ユイノメタチノカミは神様で、人の気持ちなんてよくわからなかったので、そんな迫多へ叱咤激励をしてやった。


「嫌そうな顔するんじゃないわよ。いいから、私を信じて心の中で想装憑拠って唱えなさい」

「そ、そーそー?」

「想、装! ほら、くるわあ」


 敵は既に臨戦状態だ。ユイノメタチノカミは浮かす時と同じ要領で、神通力を使い、迫多をぐいと前へ無理やり押し出す。急に身体が動き、たたらを踏んだものの、迫多は倒れることなく妖魔と向き合った。


「わっ、わっ……くそっ、信じるからな!」

「ええ。ユイノメタチノカミを信じなさい!」


 もう後には引けない。迫多は今だけ、本気でユイノメタチノカミを信じてやろうと思った。


(えーと……想装、憑拠!)


 言われた通りに唱え、強く願う。強く、強く、一部の疑いも無いように。


 そして、天は迫多に味方した。祈りの甲斐があったのだろう、迫多から淡い光が漏れ出す。

 妖魔は光が苦手なようで、大した光量でもないのにギャラギャラ鳴いて後ずさっていた。


「な、なんだ……!?」


 戸惑っているうちに、迫多の格好が変わっていく。



 まず、白いシャツに被さるのは、学ランの上着ではなく黒い着物だ。襟が深い紫で、袖が邪魔にならないようにか、自動的にたすき掛けがなされる。

 あらわになった袖口のシャツのボタンはそれぞれ大きめのひし形に。


 同じく学ランのズボンにスニーカーだった下半身は、灰色のズボンと長い厚底ブーツへ変化した。ズボンは動きやすいようにか膝上がゆったりとしており、そんなズボンの膝から下を収納した厚底ブーツは、全面黒色。

 ただし、履き口をキリトリ線のような紫がぐるりと囲んでいた。更にはそれぞれ外側の側面を、同色の細いリボンが飾る。それはまるで小さなハサミのようだ。


 そして最後、ギザギザと乱雑に切られたような形をした継ぎ接ぎだらけの腰布が、ズボンとシャツと着物、全ての上から体に巻き付き……ユイノメタチノカミが身につけるものよりやや細めのコルセットが、仕上げと言わんばかりにその全てを締め上げた。



「……なんだこれ……」


 そうして光が収まり迫多が見たのは、まるでユイノメタチノカミとお揃いのような服装になった己の姿だった。


 これがユイノメタチノカミの力なのだとしたら、姿を変えるだけなんて拍子抜けだ。

 そう思ったのもつかの間、迫多の右手に身長と同じくらいの大きさをした裁ち鋏が出現する。それは明確な武器、相手を倒せる凶器に違いなかった。


「……すげえ!」


 しかも裁ち鋏は、分離させて両手で双剣のように振り回せるらしい。迫多のテンションも、コロッと手のひらを返して急上昇待ったナシだ。


 なにせ、変身姿は……まあそこまでめちゃめちゃに強そうってわけではないが、変身し悪と戦う! というそのシュチュエーションは、誰しもが一度は憧れるヒーロー的活躍だからである。


「いいじゃない。上手く想装が付与できたわねえ」

「あ、ユイノメタチノカミ! え、これ、これどうすればいいんだ!?」


 あんなに渋っていたくせに、今となってはもう喜色一辺倒の迫多を見下ろし、ユイノメタチノカミは得意げに笑った。


「まずは身体を慣らしなさあい? そして、隙を見るか……隙を作るの。後はそれを逃さず一閃! 一撃必殺が私の想装の特徴なんだから。しっかりやってちょうだいね?」


 迫多は返事をしようと口を開く。だが、これはチュートリアルだけれども実戦だ。妖魔は迫多がユイノメタチノカミの方へ余所見をしたその隙を狙って、攻撃を放つ。


「っおう!」


  そして迫多はそれを、綺麗にバク転し、返事をしながら避けた。


 なんとも器用で、なんとも余裕綽々といった振る舞いだ。しかしそれも当然の事だった。

 何故なら今、彼の視界はとにかく澄んでいて、何もかもがクリアで、気を張れば張るほど相手がスローモーションに見えるのである。


(隙、を……伺う……!)


 特殊な瞳を上手く利用し、巨大な裁ち鋏を片手に軽快な足取りで妖魔へ近づいていく迫多。それに負けじと、妖魔も自衛のため攻撃をする。


「ギュルググゥ……」


 だがたしかに、こうして戦う力を得た迫多から見ると、この妖魔は随分弱いようだった。

 出来ることは遠距離からの攻撃のみ、しかもそれも、ドロドロと蠢くノロい玉だけ。ある程度近づいたあたりで追尾の機能が追加されたが、そんなもの最初からやっておけという話だ。


 作るまでもなく隙を見つけた迫多は、にやりと笑う。


「ここだっ!」


 妖魔はまた発射しようとした玉ごと、裁ち鋏で切断され、消滅した。


 くるりと回って、着地。それと同時に迫多の想装が光の粒になって元の格好が戻ってくる。迫多は真っ先にカメラの無事を確認した。

 どうやらこういう所持品も、想装の憑拠には巻き込まれるらしい。何事もなさそうで、胸を撫で下ろす。


「あー……よかった。これで終わりか?」

「よくやったわね。えらいえらい」


 上空から戦いを傍観していたユイノメタチノカミが、ふわりと舞い降りてきた。


「どう? 妖魔退治のご感想は?」

「ん、やー……なんか、やってみたら結構簡単だったな!」

「あらそう」


 自信満々にそう答える迫多は、どこからどう見ても調子に乗っている。

 それがなんだか気に食わなかったので、ユイノメタチノカミは自身の手ではなく、わざわざ神通力を使って迫多の頬を抓ってみた。


「む!? ひゃめろーー! ちょ、ほーのひるって! ぉい……おい!!」


 見えない手からむいむいと頬を引っ張られ、呂律が回らないまま苦情をよこす迫多をひとしりき堪能して、神通力を解除する。途端、ユイノメタチノカミは文句を言われた。


「なにすんだよ!!」


 当たり前である。誰だって無言でそんないじわるはされたくない。


「あまりにお間抜けさんだったんだもの……ごめんなさいねえ?」

「全く悪いと思ってなさそうな謝罪やめろよ……」


 別段そこまで痛くはなかったが、こんなのに振り回されて俺よく頑張ってるよ。の励ましを込めて、迫多は自身の頬をさすった。

 

「でも実際、妖魔はあんな弱っちいのばかりじゃないのよお?」

「ええ……? 例えばどんなだよ」

「そうねえ……」


 そこでユイノメタチノカミは周囲を見回す。それを眺めて、先程、彼女の想装を憑拠した迫多は、ユイノメタチノカミの視界もあの静かで不思議な世界なんだろうか。と、ぼんやり思った。これは現実逃避。


「ほらあれ。あの建物をそれ越しに見てみなさい」


 そして指し示されたのは、迫多の通う縋稔中学校と、迫多が持ち歩いていたカメラだ。そろそろ解放してもらいたかったので、迫多は素直にそれに従う。


「……え?」


 カメラのレンズ越しに見た縋稔中学校は、何があるのかわからないほど、黒い靄に覆われていた。

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