青柳幸輝は興奮する。
高原高校ラグビー部顧問、木下はスタジアムから少し離れた場所で生徒達を整列させていた。
「なかなかいい面構えになったじゃないか」
(落目と呼ばれた我がラグビー部が、まさか決勝までとはな)
木下は喜びを噛み締めながら天を仰いで泣いていた。
高原高校は元花輪市にある高校だった。部活動に力を入れていて、その中でもラグビー部は強かった。だが落陽と合併してからは、落陽工業に生徒を取られ出し、衰退の一途を辿っていたのだ。
尤も、工業、商業、国際などは元々学区など関係ないので、完全な逆恨みであったが。
そこに落陽高校生徒会長、青柳幸輝が現れた。
「おはようございます。早いですね」
「おお、青柳君か。おはよう。いてもたってもいられなくてな。見てくれたまえ、こいつらの面構えを」
木下は腕組みをしたまま、整列する生徒達を顎で示した。
「…精悍ですね」
精悍、というよりは今にも溢れそうな飢餓感を青柳は感じた。全体的に体躯は立派だが、頬は痩けていて目は虚。危ないとしか思えないが、ああ、楽しそうだ。
「それもこれもあの方のおかげだな」
「そうですね」
青柳は以前、落陽生徒会長として、花輪高校での市立大会の打ち合わせに出席していた。
そこで同席していた高原高校の木下と出会い、幸運のネックレスなる怪しいものを貰ったのだ。
身につける事に、それほど抵抗がなかったのだが、それをつけてからというもの、頭の中が冴え渡るかのようで、須藤の裏切りすらも気にならないほどだった。
「君の方はあれからどうだい?」
「二度お会いしました」
「そうか。それは…良かったな?」
木下はそう言ってニタリと笑った。青柳はそれだけで察したのか、爽やかな笑顔で応える。
「はい。木下先生は第二会場ですよね。今日は頑張ってください」
「おお、ありがとう。いいかお前ら。今日は待ちに待ったハレの舞台だ! 目一杯暴れてこい!」
「「「おおおおおおッッ!!」」」
(ははっ。いったいどんな試合になるのやら)
青柳は静かに笑った。
◆
青柳はスタジアムの一室、各高校の代表だけが集まる部屋に入った。中では、もうすぐ始まる開会宣言の段取りを確認している最中だった。
「遅いぞ、落陽」
「えーっと、ああ、いちりつ高校さんか。すまない。少々激励をしに回っていたのだよ」
青柳はそう言ってから用意されていた席についた。この部屋には各高校代表──市立大会参加校の生徒会長だけが揃っていた。
普通科系である、いちりつ、高原、花輪、扇山総合、落合の各高等学校。
工業系である、落陽、鶴岡、花輪、工芸の各工業高等学校。
商業系である、落陽BF、落陽、花輪の各商業高等学校。
中高一貫である、新都国際、いく万代高校の二校。
市立大会とは、計15校による落陽市最大のスポーツ大会だ。
その為、他校との連携が欠かせず、彼ら彼女らとは約一年ほどの付き合いになる。三年や二年も混ざっているが、そこは各高校の裁量に任されていた。
手元の資料は開会式の分のみ。大会開始はサッカー部決勝戦から行われる。本来なら明日の閉会式前に行われる予定だったが、急遽変更になっていた。
「あの方」によると、二時間ほどの空白の時間を稼いだそうだ。その二時間で好きなようにしろと言われていた。
おそらくこれも仕込みだろう。
具体的な内容は知らないが、戦争を起こすそうだ。そしてそれは「奇襲」と「速度」が何より必要なのだと言っていたが、そんな物騒な事など経験したことのない青柳は、そんなものかと適当に聞いていた。
手元の資料を目にする青柳に、向いに座る黒ブレザーの高校、扇山総合高校の生徒会長が声をかけてきた。
「あのー青柳くん。今日って動画の人来てます?」
「ど、動画…の人…?」
青柳はいきなりそんな事を聞かれ、つい声が上擦ってしまった。確かに動画の準備をしていて、見抜かれたのかと動揺したのだ。
その横で溜息を吐き、話を拾ったのは、先程から機嫌の悪い紺ブレザーのいちりつ高校生徒会長だった。
「眼帯の男だ。お前の所の生徒だろう」
「…」
青柳は舌打ちを我慢しながら会話を続けた。
「ボランティア部の彼か…それが?」
「ボランティア部? 委員会ではなく?」
「ああ、我が落陽には福祉、ボランティア委員会はない。随分と前に部になったと聞いている」
「そうですか…」
少し落ち込んだ様子のいく万代高校の女子の生徒会長。市立大会は基本的に委員会全員参加が義務付けられていたのだが委員会と違い、部活動系は違っていた。条件さえクリアすれば大会を休むことはできるのだ。
青柳は自分のことではないと悟った。
「いや、来るはずだ。彼はおそらく環美か風紀、放送あたりに配置されていると思う。知ってのとおり、俺達が知るのは数字だけだし、今大会では配置変えも現場ではありうる。彼は他クラスだしあまりよく知らないんだ。それと生徒の管理は先生だ。おそらく他校生が聞いても教えてはくれない。必要なら聞いてみるが…彼がどうかしたのかい?」
「我が校でも落陽高校の話題になってましてね」
「ああ、その件か…くっくっく」
青柳が声を殺しながら小さく笑うと、みんなもくすりと笑った。尤も、笑う理由は違うのだが。
青柳はスクールバッグから大学ノートを取り出した。薄いピンク色の、背クロスだけが紫がかった濃いピンクの一般的なノートだ。
「諸君、この問題を解けた奴はいるかい?」
青柳が開いたノートにはぐちゃぐちゃとした幾何学模様が描かれていた。
それらは一見、意味を成してないように見えた。
青柳以外の全員が困惑する中、一人の生徒が青柳に尋ねた。同じ市立とはいえ偏差値は同じではないのだ。
「問題って言いますけど、落書きじゃないですか…それが何です?」
「前回の全体会議の時にも聞いただろう?」
「そういえ…ば……」
「解けなかったか?」
「は、い…」
生徒達は段々と虚ろな目になっていった。
全員がそうなったのを確認すると、青柳はノートを開いたまま机に置いた。
そしてスッと立ち上がりゆっくりと歩き、ある女子生徒の後ろから肩を叩いた。
少し揺れただけで反応はない。
「…マジか……ははっ、やっぱマジかよッッ! ふひゃはははははぁッッ!! おっと失礼。すまないな」
誰にも謝ってない風の青柳は歪ませた顔に愉悦を浮かべ、金のブレスレットを撫でた。
「この中ではまだマシか。まあいい。落陽BF高校三年、鈴丘友香。俺の前で跪け」
青柳のその声で、落陽BF──落陽ビジネスフロンティア高校生徒会長──鈴丘友香は椅子から立ち上がり、青柳の前に跪いた。
「鈴丘友香、お前彼氏は?」
「…います…」
「鈴丘友香、それは誰だ?」
その問いに、友香は指をさした。先程から機嫌の悪かった、いちりつ高校の生徒会長だった。
「ひひっ、なぁ、鈴丘友香、彼との交際期間は?」
「99…日」
「ひははっ、正に運命だなぁ」
青柳はニヤニヤと笑い、室内の壁掛け時計を見た。時間はそこまでない。そして友香の胸の谷間を見下ろした。
「はぁ… 後で直すつもりだったのだろうが、浮かれてる証拠だな。模範となるべき生徒会長が第二ボタンまで外すなんて! 許されると思っているのかッ!」
校風もあるのだろうが、友香の水色のリボンは緩み、第二ボタンまで開いていた。
「だから、開始まで少し楽しませて貰おうか」
そう言った青柳は、ピチっとしたボクサーパンツを晒すように、いやらしい顔で友香に指示を出した。
「鈴丘友香、俺のズボンを脱がせろ」
虚ろな目をした友香はコクリと頷き、手をゆっくりと伸ばした。
その両手は抵抗するかのように、ブルブルと震えていて、青柳を興奮させた。
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