大島理森はきれいにしたい。
サウスゲートの前には各高校の環境美化委員が集まっていた。
学校版の環境ISOの観点から、環境保全に貢献しつつ、清潔感漂う「きれいな学校」作りを目指す委員会だ。
校内では美化コンクールやゴミゼロ月間などを生徒に提案することで美化の啓発をしたり、スポーツ祭などの行事と連動した清掃活動も行っていて、この市立大会も同様だった。
各高校の委員全て集めると大人数となってしまうので、スタジアムの内と外で別れて清掃活動をすることになっていた。
尤も、市の予算の都合で清掃会社に頼めないという大人の事情もあったのだが。
落陽高校が代表して用意した今回の大会での美化スローガンの描かれた登り旗が風にはためいていた。
それを見た男子生徒が、一見して清楚にしか見えない落陽高校女子生徒に話しかけようと気合を入れた。
亜麻色で肩口までのストレートヘア。スタイルも良く、大会屈指の美少女達に勝るとも劣らない、女の子だ。
それは落陽の魔女、大島理森だった。
「こっ、これ…煽り過ぎてないですか?」
「えっと…そう、ですね」
その灰色の旗には「ゴミはゴミを出す」と黄色の色調のポップなフォントで大きく描かれていた。
今日はその旗を掲げて注意を促しながら練り歩き、ゴミのポイ捨ての取り締まりやゴミ拾いをすることになっていたのだが、この男子生徒は他校生に絡まれるんじゃないかと心配になったのだ。
工業系のとある高校は柄が悪いと評判だった。まあ、話しかける建前でもあったが、彼女のことが心配になったのは嘘ではなかった。
「生徒会から言われたので私達も…ごめんなさい」
「あ、ああ、君のせいじゃないから謝らないでっ」
「ふふ。優しいんですね。ありがとう」
「…っ」
理森のその言葉に照れた男子生徒は二の句を告げることなく、仲間の元に走って行った。
だが、もちろん犯人はそのまま理森その人である。生徒会に関与はさせていないし、報告すらしていなかった。
(立花くん遅いなぁ)
理森は待ち合わせに先に来て彼氏を待つ健気な彼女、という面持ちで待っていたが、いろいろと声を掛けられて少しイライラしてきていた。
そこは仕方ないところでもあった。
あからさまなナンパは各高校ごとに厳重に注意されていたし、流石にこのご時世晒されてしまう可能性もあるためみんな控えめだ。
だが委員会と部活動は話が違うのだ。
この市立大会は出会いの場でもあったのだ。
落陽市立の高校は大きく普通科系、工業系、商業系に分けられる。他にも中高一貫校や、大会には参加してはいないが、昼夜間単位制高校や夜間定時制工業系高校もある。
その中で特に工業系高校には女子が少なく、商業系高校は男子が少ない。普通科高校からするとよくわからない感覚だが、彼ら彼女らは飢えていたのだ。
(美味しい…けどなぁ)
恋戦争を仕掛けるなら美味しすぎるイベントなのだが、懸念もあって理森は眉をひそめた。
それに理森への男子からの視線やアプローチがすごかった。
それもそのはず、彼女は外出時によく使っている人避けの魔術を使ってないのだ。
あんな子いたか? などと遠巻きに囁かれてしまうのは理森が可愛いからである。
しかも最近は肌艶が格段によく、髪も魔力の高まりのせいか艶々としていた為、同性からも羨ましがられたりしていた。
しかし、元々はヒキニートの一族。あまり表立つのは元来苦手なのだ。
だが、今日は違う。
普段使う魔女の技を使っていないのだ。
理由はもちろん立花に優越感を与えるためである。
それが優越感どころか反対にプレッシャーになり胃が痛くなるのももちろんわかった上だった。
それに加え、落陽高校の、立花のクラス以外、まだ理森と立花の関係をよくわかってない生徒達の前では駄目な彼氏に引っかかった可哀想な女の子という図太い猫をかぶっていた。
もちろん立花への迂回攻撃である。
つまり立花くんの休まるところはボラ部であり、コレクションズにしかないのだ。
理森は薄く笑う。
「あ、あの、落陽高校さん」
「…なんでしょう?」
「こんなブラシで何するんですか?」
工業系高校の少し気弱そうな男子生徒は勇気を出して理森に聞いてみた。
生徒一人一人には落陽高校が用意したモップを持たされていた。トイレ掃除に使いそうな木の持ち手で緑色の硬いブラシのデッキブラシだった。
箒ならわかるが、ブラシはわからない。しかもコンクリートとかタイルの溝用のデッキブラシだ。スタジアムはどう見てもラクガキなどないし、綺麗なのだ。
持たされたことに何故か何にも疑問を持ってはいなかったのだが、話すキッカケが欲しかったのだ。
「そんな事、決まってるでしょう?」
理森は制服のポケットからスマホを取り出した。何やら画面には紋様が描かれていた。
「ゴミ退治。頑張ってね❤︎」
ゴミ掃除では…? と男子高校生が疑問に思った瞬間、理森のスマホから「ゴミダスヤツハダイタイゴミ」と聞こえた気がした。
だが彼の認識では「頑張ってね」の声だけが脳に沁み入っていて、気づけば顔を赤らめゆっくりと頷いていた。
そうして理森は着実に下準備を重ねていった。
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