文香とニーナは用意する。

 舟田文香と蜷川ニーナは駅から離れた待ち合わせ場所でお互いを見つめ合っていた。


 別に喧嘩をしてるわけではなく、文香もニーナも困った人を見るような目でお互いを見ていた。



「…ニーナ、それは何?」


「…文香さんこそ、それは?」



 お互いがお互いの手荷物に疑念を抱きながらフリーズしていたのだ。


 文香はまるで雪山にでも登るかのような大きなリュックを背負っていて、ニーナはまるで海外出張するかのような大きなトランクを引いていた。



「私のは大半が食料なの」


「食料…? ランチではなく…?」



 今日のお昼ご飯は有紀が担当することになっていた。その事に対する抵抗運動かしら、とニーナは考え聞いてみたのだが、何の色気もない言葉が返ってきた。


 すると文香はため息を吐き、まったく違う話をし出した。



「素人は戦略を語り、プロは兵站を語るの」


「ちょっと何言ってるのかわかりませんが…」


「…戦争の基本は戦略、ロジスティックじゃないの。ポリティカルエコノミー。つまり兵站、補給経路の確保。常識なの」


「本当に女子高生ですか?」



 ニーナは困った顔を更に困惑させた。それは文香もだった。



「…ニーナこそそのトランクは何なの?」


「これは女の子におよそ必要なセットですわ。コスメとかちょっとしたお着替えとか。コンパクトに纏めてみました。ふふふ」


「着替え…? コンパクト……?」



 文香はそのどデカいトランクを見て眉をひそめた。その顔を見て、ニーナは胸を張って更に続けた。



「今日は恋戦争もありますが、お客様がいらっしゃるのでしょう? 唐突ですが、例えば景気。気とあるように人々の心は周囲の感情に容易く流されてしまうものですわ」


「それが…?」


「こちらがもし不利になった場合でも余裕を見せて相手に焦りを生じさせるため。勝者は民衆に対し常にどう在るべきかを考えなくてはなりません。つまり心の余裕を持つものこそが、逆説的に敗者にはなり得ないのですわ」


「何言ってるかそっちこそわからないの。しかも民衆って…ニーナはナチュラルに上からなの」



 理解は少しならできるけど必要だとは思えない。


(それにしても、本当に何できよくんはこんな子ばっかり拾ってくるの…)


 文香は自分のことを棚に上げてそう思った。



「そうですか…? ところで一つ言いたかったのですけど、文香さんは少し無頓着が過ぎますわ」



 女の子は基本見た目だ。ニーナはそう思っている。顔の作りではなく、メイクやアクセサリーに服装だ。


 見た目こそが自身のステージ──人生の立ち位置を決めるのだと家庭の教育のせいか信じていた。意識高い系人特有の思考を持っていた。もっとも、その優先順位もその目的も全て変わってしまっていたが、お洒落へのこだわりは変わらない。



「今日もきちんと出来ているとは思えません。お化粧し直しましょう」


「校則違反なの」



 それに、そもそも腕に豚の柄の女が何を言っているのか。文香はそう思ったが、それも言わなかった。



「ふふ。そこは玲奈さんに見逃してもらいましょう。パイプとはそういう時に効果を発揮させるものですわ」


「…」


「気に入りませんか? でもおそらくこれは私と文香さんの絶望の鮮度の違いですわ」


「…鮮度?」


「深度でもいいのですが。中学生だった文香さんの、おそらく怨みの概念が当時のまま固定化されていて、その年数に応じてそれのみが増幅されているのではないでしょうか」



 どう考えてもみても絵子と文香と杏子の考え方が物騒過ぎるのではとニーナは常々思っていた。


 側から見れば、五十歩百歩なのだが。



「確かに…死ぬか殺すかばかり考えてたの」


「そこは私もですし、仕方ないのかもしれません。ふふ。でも何より清春さんのためにも輝く方が大事ではないですか?」


「輝く…きよくんのため…」



 文香は思う。こんな私が輝いていいのだろうかと。自身の願いもあるが、今まで須藤の命令によって毎日整えて綺麗にしていた。そのせいかどこか着飾ったりすることに抵抗があったのだ。


 ニーナは絵子と杏子の二人と違い、そんな風に立花に対して一歩引いている風な文香のことを気にかけていただけなのだ。


 側から見ればやっぱり五十歩百歩なのだが。



「今日は晴れの日ですわ。それに安心してください。そこまで過度にはしませんよ」


「…わかったの。お願いするの」



 絵子にそんなことを言われたら例え隕石が落ちたとしても決して首を縦には振らないが、ニーナの提案ならと、文香はそれを受け入れた。





 スタジアムの外にある公園のベンチ。人避けの呪物を使い腰掛けた文香とニーナ。



「ふふっ。これでよし。可愛いですわ」


「あ、ありがとう…なの…」



 ニーナによって全て整えられた文香は珍しく照れていた。手鏡というには少し大きすぎる銀張りの鏡を渡され若干引いたのだが、まだ少しの罪悪感に似た居心地の悪さを感じつつも、「なるほど、確かに自分でするのとは違う。可愛い」そう思ってしまった。



「ふふ…どういたしまして。ところで少し気になっていたのですが、何故食料でしたの? 理森さんはあまり派手な事は起こさないと言っていましたし、その結論に至った理由を知りたいなと…」



 ニーナは先程までピリピリとしていた文香を思い出す。だが、理森からは防衛戦の方がかなり有利なのだと聞かされていた。



「理森は余裕ぶっていたけど、それはだいたいの場合、負けるフラグなの」



 神妙な面持ちの文香は、ため息混じりにそう言って続けた。特に思い出すのは振替休日のことばかり考えていた理森と絵子、あの雌犬二人のことだ。



「私は違う。私達は違うの。だから私は今回の一件を、ある種の災害と想定したの」


「災害…ですか?」


「今回の作戦もあるけど、魔女同士がぶつかれば、もしかしたら生き埋めにされるかもしれないの。何日も閉じ込められたりするかもしれないの」



 文香は少しだけ唇を噛み、まるで約束するかのようにして、小指を空に向かって立てた。


 秋の空は高い。遥か上空に浮かぶ雲の大きさはどうやらウロコ雲のサイズのようだ。



「それくらい私達は絶望的に運がなかったし、この世界を呪ったはずなの。それを忘れてはダメなの」


「それは…考えてませんでしたわね…災害ですか…。では水も必要ですわ。この辺りにはありませんし…。駅まで戻りましょうか」



 須藤から解放されて不安に思ったことはなかったし、どこか浮かれていたことを恥じたニーナは頼もしい後輩の役に立とうと思って萌え袖をぎゅっと握った。


 だが、文香はそれを否定した。



「それは要らないの」


「でも災害と言えば──」


「魔女と言えば、ウィッチクラフトなの」



 ニーナの言葉を遮りながら、文香はようやくニッコリと笑って彼女の背後を指さした。



「文香ぁぁあああ…どこぉぉぉぉ…重いよぉぉぉ…始まる前からもう疲れたよォォォ…」



 少し離れたそこには、汗だくで2リットルのペットボトルを何本も抱えてオロオロしている早川花がいた。



「あれが私の水魔術なの」


「……」



 物理なのでは? ニーナはそう思ったが、口を噤んで微笑んだ。

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