俺はまた奪ってやる。

 これで二日目だ。


 起き上がれねえ。身体が萎んでるのがわかる。


 心は…まだやれる、まだだ…!



「くそ、くそくそッくそがッ! まだ起き上がれねぇ…ぞ…早く…ぶんどる、ぶんどるんだ…クソ、清春のやつ…ふざけんなよ! あの女は俺のもんだ…!」



 あの日、玲奈を陵辱しようと重い身体を引き摺ってニーナのマンションに向かっていた。


 ヨロヨロと歩いていたせいか、危うく車に轢かれかけた。


 必死に躱すと靴紐が千切れて前のめりに倒れ込んだ。


 四つん這いの俺の目の前にはてんとう虫が四匹死んでいた。


 それを黒猫が綺麗に踏み潰して横切った。


 その黒猫が向かった先には、犬がくるくる回っていた。


 それを避けようとした自転車がパンクしてガードレールにぶつかった。


 遠くでは赤ん坊が引きつったような声で泣き続けていた。


 それがもっと遠くなってついに消えた。


 気づけば秋の虫の音がしない。


 気づけば全ての音が消えていた。



 見上げた空は、さっきまで夕焼けで赤く染まっていたのに、渦巻く黒雲が現れ、色を消した。


 目に映る景色が徐々に灰色の世界に変わっていく。


 一天俄かに掻き曇るだと…?



「お、おい、おいおいおい…! あの日と同じか! 理不尽の世界か!!」



 理不尽と契約した時と同じだ!


 灰色の世界、止まった世界、人気の無い世界!


 しかし…何故ここに来たんだ俺は…?


 アップデートか?



「…? なん、だ……あぐッ?! あ、あ、あ、あがぁ?! 目が!? 目がぁぁあああ!」



 焼けるように両目が痛えッ!!


 何故か瞬き出来ねぇッ!!



 「?! あが?! が、が、あぐぅぅうあぁぁあああ! 俺の、俺のひ、左目から竜巻だとぉ?!」



 その突風の中から一人の女が出てくる! 



「あ、あぐぅぅああぁぁぁ! て、てめぇッ! あがぁぁぁあああ! てめぇはぁぁぁッ!」



 黒髪で魔女みたいな格好の女! 何年経っても忘れねぇ! 間違いねぇ! 鏡の中の理不尽だ! 


 身体から理不尽が理不尽に居なくなるような感覚がしやがるッ!


 今更手を離す気か! くそ! あの日俺の手を取っただろうが! その生っ白い手でよぉ!



「くすくすくすくすくす…」


「てめぇ…! 何笑ってやがる…!」



 その獣のような仮面の下で!


 薄気味悪いケダモノのように!


 また俺を笑ってやがんのか!


 絵子に清春の相談受けた時のように!


 情け無いって煽る気かッ!



「いや、すまない。礼が先だな。クズくんありがとう。恋ゴチ。まあ、君は恋された事なんて、一度たりともなかったのだけれど。くすくす。哀れ。それが一番のゴチ。でもショボショボ。それに引き換えどれもこれもいー恋だったなぁ。すっごい力になったはずなのに…完堕ち邪魔されて…はー」


 「はは、何言ってんだ…なあ、おい、まあ、慌てんなって、まずは話をしようぜ?」



「結局完堕ち候補は玲奈ちゃんだけ。それも8人目で付き合ってもいない。くすくす。他を眷属にもせずに増やすから…くすくす。燃費悪い悪い。まあそれはそれは仕方のないことだけれど。だから記憶ゴチ。これだけの恋の記憶なら渡る力になったかな〜」


「…一人で何言ってやがる…意味わかんねーぞ」


「まあ、あれだ。君は器足り得ない、ただただそう言う事なのだよ」


「た、足りないだと…?」



 いや、足りてたはずだ!


 俺と理不尽、二人のゲームだっただろ?


 お互い清春で楽しんだじゃねぇか。


 何でこうもあっさり出て行こうとしてやがる!


 俺なら贄を、もっともっと用意してやれる! もっともっと高くいけるだろぉが!!



「あ、なんだかまずい。早く行かないと…ね。よ〜い、ハローワ〜ルドー!」


「あ、あ……お前! 待て! ふ、ふざけん、な…消えた…消えやがった! 無視して消えやがったなッ!! 何か言え! 誰が奪ったか教えろ!! 理不尽だろぉがッ───!! あ、あ…うがぁぁあああ!」


 

 黒雲は、理不尽とともに勢いよく消えていった。


 音が戻ってきた。


 時間が進み出した。


 だが、色は戻ってきていない。


 灰色の世界だ。幻想の世界だ。


 これが代償だと言うのか?


 色事ばかりだったからか?


 クソつまんねーんだよ。


 色がないからって、それがなんだってんだ。


 そして俺は信号機の色が分からず、また車に危うく轢かれかけた。


 踏ん張りが聞かねえ。あぶねーだろ! こんなにスペックが落ちるのか…ナンバーは…目が辛くて見えねぇ…俺が…涙…だと…?


 クソが…!


 絶対取り戻してやる…!


 これは俺の恋だ…!



「あいつ…恋がなんとか…言って…そうか…清春か、清春なんだな! う、あ、身体が…くそ、くそがクソ!」



 身体が怠くて重くて仕方ねぇ。


 目が辛くて開けてられねぇ。


 まあ、いい…あんなやつに理不尽は扱えねぇだろ。あの女は俺のもんだ。


 体調が戻ったら、また寝取ってやるよ。


 待ってろ、清春…また遊ぼうぜ。

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