立花くんの手術。


「それで怪我の理由は?」



 理森は先程の痴態など気にも留めずに聞いてくる。立花は女の子ってすごいな、なんて事を考えていた。


 あんなにもにじり寄られた経験なんてない。


 照れ臭くて、口の中が乾いて、居心地も悪い。



「…その切り替え、大島さんがすごいよ。心臓バクバクしたよ…はー…まあ、庇った時は問題なかったんだ。ただのたんこぶ」


「たんこぶ? なら…」



 須藤は絵子のファンの男に嫉妬から絡まれていた。それが楽しかった須藤は絵子の身体の素晴らしさについて語り煽った。その一言でついにキレた男は椅子を投げた。


 それが止めようとした立花に命中した。



「ううん。半年経ったくらいかな。何か見えにくいなって。病院行ったら網膜剥離だった」


「重い!」



 なんか最近見えにくい。最初は髪の毛が目に掛かってるからかと思っていた。


 でも散髪しても、見えにくい。


 あ、これ、アレかもしれない。そう思って病院に行った。



「しかも通常のじゃなくて水溜まるやつでさ。ガスで網膜押してもどーにもならないってさ」


「…じゃあ、見えて…ないの?」



「いや、結局手術がややこしいだけで、見えるのは見えるよ。直線がギザギザに見えるくらいには。ははは」


「重い! 重いよぉ!」



 正直なところ、術後は少し吐きそうだった。目にした電柱はグニャっとしていて、ガードレールはガードどころか攻撃してきそうなくらいギザギザだった。


 これは剥がれた網膜が、歪んで張り付いたせいだ。



「まあ慣れたから良いけどね。脳内補正? 補完? っていうかわからないけど真っ直ぐ歩けるよ」


「私があなたの人生の支えになれば良いのね」



「…? そ、それより手術がほんと嫌でさ。眼圧? が上がると再手術もあるかもって。随分と前だし、大丈夫だろうけどね」



 先程から妙な圧を理森から感じる。気のせいだろうか。それにしてもいつまで胸を触ってるんだろうかこの人。


 男子高校生には毒なんだけど。


 立花はそんなことを考えながら話していた。



「あまり詳しくないけど、どんな手術?」



「ん? ああ、黒目の周りにメス入れて白目を剥くんだ。ニュッと」


「いったぁい!」



「あ、その前に眼球に麻酔打つね。針がムニョってしてさ。クスリが入ってくるあの重い感じ、気持ち悪いんだよ」


「ひぃ!」



「まあ、麻酔効いても薄らとは見えててさ、刃が目に入ってくるとこ」


「怖い!」



「でさ、眼球動かす筋肉って六本あってさ、そこにグルッとベルト巻いて、白目戻して黒目と縫い合わせて終わり」


「…疲れる手術ね…でもなんでベルト?」



「ああ、外側から絞めて網膜に近づけるんだって。中からは無理だからって。すごいよね。眼球がラグビーボールみたいになるイメージ」


「すごい」



「でもそこからが本当の地獄でさ。縫いあと? 縫い目っていうのかな。目だけに。ははは。瞬きしたらチクチクずっとしててさ。目を開けてらんないくらい痛いの。目がー、目がー、って。おかげでウインクどっちもできるようになったよ。あんまり意味ないけど。ははは」


「…前向きね…」



 何をするにも目が開けられない。一人じゃご飯も食べられない。痛み止めが切れた時は本当にきつかった。


 その時、お世話に来ていた妹、柚冬は、何にも出来ない兄にしてはいけない胸キュンをしてしまっていた。


 痛みから目を閉じていた立花は、真横でトゥンクトゥンクしている妹に気づいてなかった。



「まあ、とりあえずそんなとこ…か、な…あれ?」


 一応何に反応するかわからないからとせめてもの抵抗で、立花は左目をずっと閉じていた。


 でもどうやら本当に大丈夫そうだと、目を開けた。



「ど、どうしたの? やだ、頭に何かついてる…?」



 見つめられて気恥ずかしくなり、ペタペタと頭を触る理森。


 だが、立花はそんな理森と違い、困惑していた。



「…いや…いつの間にか…数字が消えてる」



 理森の頭の上の数字は消えていた。


 治ったのかな…だとしたら嬉しい。


 立花は、ホッと胸を撫で下ろして、理森に微笑んだ。


 それにしても、マックスは999かもしれないな。


 だって最後に見えた数字は666だったし、なんかラッキーな感じだ。


 立花はそう思って、もう一度瞬きした。


 


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