立花くんのANSER。
立花くんは貝になる。
立花は理森の言われるがまま、ボランティア部に入部することになった。
昨日屋上でこれは決定だからと彼女はきっぱりと言いきった。
どうやら魔眼の制御の仕方を考えつつ、封印の準備をしてくれるらしい。
準備は念入りにしないと。
例えば人払いの魔術とか。
例えば甘いお香とか。
二人っきりでみっちり調べないと。
ね?
そう告げてきた。
あと、この魔眼は愛に反応するから今まで通り、人と極力接点は作らないでとお願いされた。
拳をパシンパシンさせながら。
瞳は糸目、口はにっこり。
ね?
立花には脅しにしか見えなかった。
ならばと、早朝から学校に向かうことにした。早くに行って机で寝たフリ。これしかない。そう思い、早起きしたのだ。
こんなにも早く学校に行くなんてことは今までなかった。車内はかなり空いていて、楽だった。体調の悪かった時、利用すれば良かった。そう思って須藤にメッセを入れた。
相変わらず返事はない。
そして立花はうっすらと、左目を開けた。
ある。
車内の全ての人の頭の上に、ある。つまり数字は治ってなかったのだ。溜息を吐きつつ、改札を出る。
そこで、知らない女の子に声をかけられた。
「…あ、あ、ぁあの! せ、先輩! お、おはようございます…! わ、わ、私のこと! お、覚えて! いますか…?」
立花はドキリとした。
その子は、長い髪を高めのツインテールにしていた。少し背は低いが、圧倒的胸部を持っていた。
だけど、そんな事じゃなく、それより何より表情だった。目をキョロキョロさせ、頬はこけ、目の下のクマが紫で、肌も髪もガサついていた。
ハッキリ言って怖い。
まるで僕のことを知ってるかのような口振りに、立花は元カノの線を考えた。
隣の席の060女子、笹川さんに衝撃の元カノ人数と名前を聞いた。聞いたけど、吉木くんが修羅場過ぎる件と数字と矢印とその効果で手一杯だったため全員は覚えていなかった。
柄本絵子
舟田文香
霧島桐花
湯原有紀
この子達は記憶があった。といってもクラスメイトだったり、同じ学年だったり、同じ中学だったり。同じ小学校だったり。まあ、大輝ガールズだ。知ってる。
でもこの子は知らない。そもそも須藤は高校に入ってから立花に紹介しないのだ。と立花は無くした記憶のせいでそう思い込んでいる。
「……」
「……そう、ですよね…怒ってますよね…」
多分大輝ガールズの一人だとは思うが、同学年くらいしか立花は知らない。また、先輩と呼ぶことと制服のリボンから後輩だと確認はできる。
「…でもあれは違うんです…私じゃなかった…こんなこと…言い訳ですよね…信じて欲しい…んですけど…あは、は、は…ぐすっ…」
「……」
立花は、この悲しそうな女の子を何とかしてあげたいと思う反面、今の口は災いしか起こさないと理解していた。
だから安易に迂闊に話せない。
尚且つ、理森の封印日までの脅しっぽいお願いもあった。
「あ、は、は…無視…は当然…ですよね…でも私、清春先輩を忘れたことないっていうか…オェッ…意識はオェェッ、あったんです…あはは、はは、は、は…何言ってるのか…おかしいですよね…」
「……」
充血させた目を忙しなく瞬きさせながら、会話しながら、えずきながらも学校へ向かう立花にヒョコヒョコ着いてくる。
「お、覚えてますか…? あ、あの時、き、清春先輩ボロボロで…オェッ…ぐすっ…泣いちゃダメですよね…」
「……」
立花の知らない思い出を、慈しむ表情で語りながら、えずきながら、泣きながら、話す彼女が正直怖い。
「今は私がボロボロで…褒めていただいた髪も肌も唇オェェッ…汚れちゃって…あははは、は……ぐすっ…」
「……」
どう対応すれば良いのか、理森に聞けばよかった。走って去る選択をすればよかった。
「あは、ヒ、ヒーローになりたかったんです。私…お、覚えてないですよね。はは、はは、オェッ…裏切って…ヒ、ヒーローなんて笑っちゃいますよね…あははは、はは…」
「……」
多分理森の言う記憶を無くしている部分なんだろう、これは。彼女は辿々しくも、自分と立花との思い出を口にする。
痛々しい。
「い、今さらそんな事…い、言わ、言われても、あはは、め、迷惑ですよね…あは、ははは…ぐすっ、ぐすっ…」
彼女は袖で目を擦り、空元気を口にする。既に吐いた吐瀉物を拭ったのか、袖口はカピカピに白くなっていた。
「…あ、あはは、ぅオェッ、ォゲェッ…あははは、な、な、泣いてないですよ! げ、元気いっぱいです! わ、私の取り柄まで無くしたら…先輩に褒めてもらったの無くしたら…もう何にも……何にも無くなっちゃう……」
「……」
黙っているだけなのに、勝手に彼女は自分を追い込んでいる。こんな事態になるなんて立花は想定していなかった。
「……せ、先輩の方が、つ、辛かったですよね。な、泣く資格なんてないですよね…本当にごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごオェッ、オェェッ…き、汚いですよね、あはは……そ、それで、今までの…よ、汚れたわ、私の話を聞いて欲しくって……」
「……」
もう、昇降口だった。
聞いてあげたいし、助けてあげたいが、何が起こるかわからない。この能力や、対応の仕方がわかるまでは無視するしかない。
そう決めた立花はその場を無言で走り去った。
残された安曇杏子は、その場で膝から崩れ落ちた。
「あ……あは、は、は、あはは、は…うぷっォゲェェッ…オェッ、オェッ…はは、あは、は…いっぱい出た…汚いな…私みたい…ああ…やっぱり駄目…なのかな…」
瞳には暗い光だけがあった。
口元は緩く、よだれと吐き後がだらしなかった。
「ふふ。あはは……ですよね。須藤殺らないと……やっぱり駄目ですよね。資格、ないですよね。悪は倒さないと…そういうことですよね」
仄暗い笑みの杏子はヒーローになることを、パンケーキサイズの吐瀉物を眺めながら、そう心に決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます