立花くんの変化。
僕の身体がやばい。
昨日の夜。
魔女を名乗る大島さんに、術をかけてもらった。術か儀式か正確にはわからないが、とにかくおかしい。
何がおかしいって、この身体だ。
なんだこれ。自分の身体じゃないみたいだ。
「おかしい。これ絶対おかしい」
帰り道、あれだけ毎日苦しんだマンション前の坂が苦しくなかった。
しかも昨日は電車が無くなるからと四駅離れた学校まで頑張って自転車で行き、帰りは体力尽きてるだろうからネカフェでもと思っていたけどすんなりと帰れた。
それからのマンション前の坂道だったのに、楽勝だった。
「これ、壁じゃなくて、ブーストなんじゃないの?」
大島さんは障壁だと言っていたが、本人的にはブーストだ。今まではなんだったのかと思うくらい細胞がワクワクしている。
そして朝起きて驚いたのは、長年に渡ってずっとあった頭の中の靄が晴れたことだ。
あまりにも長くそんな状態だったからすっかり忘れていた。
たしか、初めて振られた時からで。
これが鬱か何かだと思ってた。けど…
僕は朝っぱらからそんなことを考えながら、風呂場で手洗いしていた。
自分のパンツを。
「やっぱりブーストじゃん…何年ぶりだよ、いったい…はー…」
ようは情けなくも夢精していたのだ。相変わらず朝に勃ったりはしなかったけど、いったい何年ぶりかね。まるで古い知人が訪ねてきた村長みたいな気分だ。
でも夢の中で誰かに会ったような…
「兄さん、ブーストってなんですか?」
「うわぁぁぁぁッ!!」
「わぁ!? びっくりした! そんなに驚かなくても…おはようございます」
いつのまにか妹が背後に立っていた。気配すらしなかった。ブーストじゃないのかもしれない。大島さんに聞こう。いや、違う違う。それより流石にこれはバレたくない。隠したい。落ちついて対応しないと。
「びっくりしたのはこっちだよ…おはよう。早いね、ゆーちゃん。いや、柚冬。昨日は遅くなってすみませんごめんなさい。何もやましいことはして…あれ…は…いや、ないからね。いやいや、それにしても夜はめっきり涼しくなったよね。昨日なんて寒いくらいだったよ。あれ、髪型変えた? いいね。眼鏡もよく似合ってる。でもたまには黒ぶちとかレトロ丸眼鏡とか寧ろつけないっていう選択もいいんじゃないかな。柚冬には似合う。超似合う。まあ何つけても似合うっていうか。あ、リップも──」
「…それよりブーストってなんですか? 今何隠したんですか?」
ダメか。目敏いな。いったん目標を決めるとそこから動いてくれない僕の妹。あんま触ってほしくないんだけど…使うか。
「何も? なんでも? ないよ? 全然」
「……」
「…何、なんだよ。その目は…ちょっと昨日遅かったからさ。靴下とか下着とか洗ってなくって。なんかこう、恥ずかしいじゃん」
こんなこともあろうかと、靴下も用意していた。これなら不思議じゃない。よな? その疑う目はやめてくんないかな?
「ッ! 兄さん、おはようございます」
「はい? おはよう…? 何で二回も…何その顔」
妹は何かに気づいたのか、急に態度を変えた。母のような、ニコニコとした笑顔だ。
「いえ、朝ごはん出来てますよ。ゆっくりとリビングに来てください。一応確認を…早朝…兄…洗濯…気まずそう……あ! 返してください!」
僕は妹からスマホを取り上げた。こういうのは隠れて検索してよ。
「じゃあ教えてください…私…妹ですよね? 家族ですよね? 頼ってくれないんですか? 喜びも悲しみもわかちあいたい…」
うぐっ! その悲しそうな顔ズルいぞ…賢者感のせいか罪悪感がすごいな…
「そ、それはそうだな! ま、また今度言うから…そもそも喜ぶか悲しむか全然わかんないから…どっちのリアクションもちょっと困るというか…」
とりあえずその場は誤魔化せた。
しかしなぜか、その日の夜はお赤飯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます