立花くんと魔女っぽい人。

 理森に告げられてから何日か経った満月の夜。


 理森から呼び出された立花は、ボランティア部の部室にいた。


 放課後目にしていた部室とは何もかも違っていた。


 カーテンは厚い生地だったのか、月明かりも入ってこない。どこか雨の日の匂いに似たクセのある香が焚かれていて、長机は横に繋ぎ合わされていた。


 その机には何かビロードのような生地が敷かれ、太い蝋燭が四辺に灯っている。それだけが唯一の灯り、暗闇の部室内の唯一の頼りだった。


 蝋燭の火に照らされ、ぼんやりとしたオレンジ色の理森は設えた机を指を指し、丁寧な口調で立花に指示を出した。



「そこに、下着になってうつ伏せになってください」


「…わかった」

 


 立花は今までの経験もあってか、あまり動じない性格になっていた。でも流石にこれは予想外だった。だが、真剣な様子の彼女の口調と雰囲気に、困惑の表情を浮かべながらも口ごたえせずに従った。


 しかも理森の格好はなんというか、魔女っぽい。



「わかっています。不安なのでしょう。大丈夫です。魔女の血にかけて、貴方を救います」


「別世界観強すぎて困るんだけど…いやそっちじゃなくてさ。大島さんってすごいんだなって」


 

 やはり魔女だったのか。いや魔女って何? 血? その格好何? あとこの部屋何? いろいろな疑問もあったが、とりあえず置いておく。


 理森の格好は魔女っぽいがアウトよりのセーフな魔女だった。



「…え? あ、ち、違う! 違うの! こ、この格好は魔女の正装なの! 立花くん! こういうのは見て見ぬふりをするものなのよ!」



 彼女は全身真っ黒な衣装だった。とんがり帽子に小さなポンチョみたいなマント、膝上15センチくらいの長袖ワンピースだった。


 そのワンピースは胸元からおへその下まで何故かぱっくりと開いていた。


 色白でスタイルの良い理森。カタチの良い大きな左右の胸の中央部分と綺麗で小さなおへまでをガバッと晒していて、なんだか俗っぽい。


 そこを閉めたいのか開けたいのかそれとも縛りたいのかわからないが、その裂け目を左右からパラレル編みのように紐が緩く結ばれていて、ボンテージみたいで俗っぽい。


 学校でも人気の彼女がこんな格好で、なんて言っても誰も信じないんだろうな。立花はそう思った。



「違う違う。見て見ぬふりはしてるよ。じゃなくて、男の裸に躊躇わないその男慣れにすごいっていうか」


「そっち? ま、まあ、わ、私くらいになるとね… そんなことはいいの! 早くそこに寝て!」


「あ、ああ、わかったよ」



 とりあえず立花は言われた通り、机の上でうつ伏せの体勢になる。



「次はどうしよう?」


「ん、ん、そのままでお待ちください。コレを背中に塗ります」



 口調を整えた理森が持ってきたのはピンク色をしたプラスチックの洗面器だった。そこになみなみと透明っぽい液体がある。


 運ぶ際に揺れたその水面が、蝋燭の灯りにゆらりと震え、粘性を帯びていることがわかる。


 立花は少ないながらも自分の持てる知識で、当てずっぽうに言う。



「…カエルの卵的な……?」


「違うよ? ん、ん、成分は違いますが、ローションみたいなものです。でも中身は聞かないでください。魔女のレシピは高く売れます。ですので…面倒事になります」



 その設定、まだ続けるんだ。


 立花はここにきても信じてなかった。だが、あまりにも真剣な様子の理森に悪いし、用意も大変だっただろう。何より自分のためにここまでしてくれている。だから最後まで付き合うことに決めた。



「これをこの特殊な筆で様々な図形や文字を背中に描きながら塗っていきます。そして午前0時の月光りを浴びると、立花くんの身体を守る障壁となります」


「へー……壁? なんで僕に?」



「須藤くんが魔眼を使う際、必ず立花くんを経由して命令を下しているからです。だから命令の際に守るだけじゃなく、反射、反転ですね。命令を魔眼に跳ね返し、弱体化させます。背中なのは目を合わせないという意思の具現です」


「へー。なんだかわからないけど、ありがとうね」



 その後もいろいろと魔眼について教えてくれた理森。立花はただただ相槌を打っていた。


 最後に理森は立花の頭に左手を添えて言う。目の前には理森の綺麗なお臍が光っていた。



「誓約を。この内容は私以外に話してはいけません。誓いますか?」

「誓います」


「須藤くんに何があっても途中で放棄できません。誓いますか?」

「………誓い…ます」



 誓い終わると、自身の頭にじんわりとした熱が伝わってきたような気がした。勘違いかも、と思うくらいの一瞬のことだったが。



「──はい、OK。今後の注意点や狙いはこれがしっかりと定着してからまた話すわ。だいたいわかった?」


「う、うん、わかったよ。だいたいわからないってことがだけど。あと約束しておいて何だけど、須藤に…何かあるのかな?」



 立花はいろいろな話を聞いたからか、さっきの熱のせいか、いつの間にか怖くなってきた。だから親友の身を案じてそんなことを聞いた。



「誓約ね。まあ、わからなくってもいいわ。一応決まりだから。そうね…うーん。結構幅があるのよね。まあ死んだりはしないわ。多分」



 理森の軽い様子に、例え内容が本物だったとしても、大事には至らなそうだ。なら大丈夫か。

 後は施術か。寝たら申し訳ないなと思い、立花は聞いた。



「寝ても問題ない?」


「うん。夜の0時。それまではその体勢で。我慢してね」


「あと…4時間くらいか。同じ姿勢って結構辛いよね。でも寝落ちてしもいいなら大丈夫」



 うつ伏せになりながら理森にそう伝えると彼女は何やらモジモジし出した。



「…その。背中に筆で、文字とか描いて、塗りたくる、ことになる、けど、そ、エ、エッチな気分になって、うつ伏せだと、あ、あーと。あ、あ、アソコッ! 痛くなったら言ってね! 途中で浮か、浮かしたりとか、するから!」



 穴あきクッションを両手に持ち、その穴からこちらを覗きながら理森は言う。どうやらこのローションにはちょっとした興奮作用があるようだ。


 確かにこんな夜の部室で二人きりだ。彼女もそんな格好だ。不安だろう。立花も最初はどこまでこの設定に乗ればいいのか不安だった。パンツ一枚だし、服が無いのは心許ない。


 でもあとは寝るだけで終わる。



「…な、何、その笑顔…? やっぱりこの格好じゃ仕方ないか…。 最初から敷こっか?」



 だから立花は、勘違いしている理森を心配させないようにと、根本的な話を笑いながら軽い調子で答えた。



「はは。大丈夫。僕もう勃たないから全然。はは。具体的には四人目あたり」



「やっぱ重いよぉ!」

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