立花くんと妹と妹みたいなやつ。
立花の家は高台にあるマンションにあった。そこからは町が一望出来るが、とにかく坂が辛い。自転車が辛い。
やっとの思いで立花は家に着いた。
「あ〜、は〜、も。疲れた〜。ただいま〜」
「おかえり、兄さん」
立花は知らないが、中学校では知らない人がいないほどの人気を誇る女の子だった。長く緩いウェーブの黒髪を頭のてっぺんで丸くハーフアップお団子ヘアでまとめ、赤いメガネ。色白な肌。ピンクがかった頬が可愛いと評判だった。
立花家は父がいない。父、孝志が死んだあと、母、
夜逃げの際、母方の姉を頼ってこの町にやってきた。姉の家がこのマンションの持ち主だったことで、一室を売ってもらい、毎月少ないながらもローンとして支払っていると立花は母から聞いていた。
「あ、清兄おかえりー」
「なんだ、来てたんだ。あれ、二人とも早くない?」
従姉妹の
「今日は午前授業って言いましたよ」
「ねー全然聞いちゃいない…てか清兄疲れてない?」
「坂だよ、坂。いつまでも慣れないよ」
「また女ですね。もげろ」
「だよね。女しかない。このエロ猿。もげろ」
「…なんでだよ」
立花は今まで自身に起きたことは誰にも話してなかった。心配をかけたくないからと、家では努めて明るく振る舞っていた。
話そうと思った時もあったが、父の死がよぎり、母と妹にこれ以上は心を痛めて欲しくないとずっと黙っている。
結果、女を取っ替え引っ替えするたらしの兄だと思われていた。
「あ、ちょっと聞きたいんだけどさ。二人とも悪魔とかゲームとか詳しい? 魔眼って言って伝わる?」
「…魔眼、ですか?」
「何、今頃来たの?」
「来た? いや、どんな物かなんとなくしか知らなくてさ」
「昔からゲームとかアニメとかあんまり興味なかったですもんね。見ても偏ってるというか」
「ずーと部屋で音楽聴いて粘土こねてたよね。暗いくらい怖い。あ、逆か」
「それいつも持ち出すのやめてくんない? 本当に暗い子みたいじゃん」
「いや、だから暗い子でしょ」
「他になんて言えばいいんですか」
「いや、だってゲームってさ。誰か作ったやつじゃん? 答えだいたい一個じゃん? 粘土答えなんてないじゃん? 無限じゃん?」
「何言ってんの。身体動かしなよ」
「放っておいて。こうなったら意地を張るから」
「それより魔眼だよ魔眼」
「んー。私もなんとなくですけど、目の中に白いリングが光るやつでしょうか?」
「え、ハートじゃないの? ピンクいやつ」
「へー。そうなの? 白いリングに…ハートか? 男もなるの?」
妹と妹みたいな女の子から揶揄われていることに立花は気づいてなかった。
「違いますよ。やだなあ、兄さんは。あ、もしかしたら」
柚冬は立花に近づきそっと兄の胸に手を添えて、つま先立ちし、赤いメガネの上部分から目を覗き込んだ。
「ちょ、っと何? 目を見たらいいの?」
「はい。…兄さん右目の跡、もう治ってますね」
「当たり前だろ。何年前の話しを……魔眼は?」
「私、そんなの興味ないから知らないですよ?」
鼻が触れ合う距離まで顔を近づけた柚冬は、兄の目がただ心配なだけだった。
「なんだよ、それ」
「ふふふ、だって最近見せてくれないじゃないですか。急に気になったので」
立花と柚冬が兄妹仲を見せつけている間、加里華はスマホで魔眼について調べていた。
「あ、聞いて聞いて今見つけた。魔眼とは…魔眼じゃないじゃん。邪視だって。えー邪視とは、悪意で睨むと呪いを掛けれるんだって」
「呪い…」
「ああ、私も兄さんのお世話をしないと生きていけない呪いに…」
立花は昔右目を手術したことがあった。反抗期真っ最中だった柚冬は、その時から言葉使いも変わり、何かにつけてお世話をしようとする。
「もうやめて大丈夫って言っただろ? というか、あの時たった2週間だけだっただろ。もうやめていいから」
「〜あ〜それは出来ないんですー呪いなんですー」
「そういう使い方をしない」
イチャイチャする立花兄妹を放っておいて、加里華はまた魔眼について喋り出す。
「んーと、魔力とか、イーヴィルアイとか、邪眼とか、魔眼とも言われる、だって。ふむふむ。魔眼はしばしば魔女と呼ばれる女性が持つ特徴とされ、その視線は様々な呪いを犠牲者にもたらすのだーだってー私も欲しいなー」
「何に使うんだよ」
「えー清兄にー、言うこと聞かす呪いをかけるのー肩揉んでーとかーあ、今やってーお願ーい」
「はいはい」
「やった、ヘイヘーイ、カモンカモォ〜ン」
加里華には兄妹がいない。一人っ子だ。だから柚冬をたまに羨ましくなって、つい立花に甘えてしまう。
だが、今回は甘えとは違う。本気の頼みが照れて茶化しながらしか言えないくらい本当に肩を揉んで欲しかった。
加里華は緩いライムグリーンのカットソーの袖を引っ張り、両肩を晒す。ブラ紐は清兄だし別にいい。
長年の粘土遊びのせいか、揉むのが異常に上手すぎるこの従兄弟に、加里華はいつも声を殺し悶絶していた。
もうやめようといつも思うが、結局頼んでしまう。
思わず漏れる吐息に小さなハートマークが混ざり出す。
「ん、ぁ、は、♡、ぁぃ、ん、♡!、ぅん、んぁ、♡…」
「でも魔眼はともかく、魔女ですか…私は箒に跨りたいな…赤いリボンしたいな…せっかくの高台ですし。空愛嵐…ここから飛ぶと…気持ち良さそう……! …というか、カリちゃん気持ち良さそう…何て顔を…」
「ぁ、♡、ぁは、見な、♡、い、で、ん♡、あ"!」
「箒ね、なんか似合うかもな。それに、女性か……なら…違うな」
「ん、♡、♡、♡、ん、♡!、♡、んぁ、♡……!」
立花はベランダに落ちてきた木の葉を箒で掃く妹をイメージした。なかなか似合いそうだ。
そしてどうやら魔眼と須藤とは関係なさそうなので、立花は少し安心した。
「ぁ♡、ふぁぁ、ぁ♡、あ……! ん〜〜! 帰る! 清兄のバカ!」
そして、加里華は気持ちが昂ってしまったので、マンション最上階にある家に走って帰っていった。
「……肩揉んであげたのにバカって…酷くない? それにまだこれからじゃん。全然こねてないんだけど。指がムズムズする………する?」
「しません! バカ!」
「酷くない?!」
顔を赤らめ、両腕で胸を隠し、太ももをぴっちりと閉じ、モジモジしながら柚冬は兄を罵倒した。
妹と妹みたいなやつの罵倒に、立花は少し傷ついた。
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