立花くんと第1NTR人。

 立花は、とあるケーキ屋へと向かって歩いていた。理森と話したあと頭が疲れたのか、自然と足を向けていた。


 好き嫌いはあまり無く、割と何でも食べる立花だが、一度気に入ったものを見つけると、飽きるまでそればかりを食べてしまう偏食癖があった。


 向かったケーキ屋さんはこじんまりとしてはいるが知る人ぞ知る人気店で、サクサクのパイ生地に甘さ控えめのカスタードクリームのサクレが絶品だった。

 注文してからクリームを入れてくれるから、サクサクのまま食べれる。


 学校近くのためか、細路地にあるせいか、値段も安く、最近のお気に入りだった。


 疲れた心には向いてる。そう思って幸せな未来を想像しながら向かった。


 そこに一番目の辛い過去がいた。



「清春…くん?」


「……」



 立花の元カノ、柄本絵子えもと えこ。中学一年の時に初めてできた彼女で、須藤大輝すどう だいきの幼稚園からの幼馴染の女の子だった。



「甘いもの好きなんだ…」


(……?…話しかけて…きた…しかも忘れてる…まあ…それはそうか…けど、なんで…?)



 転校当時から、彼女はいつも須藤といた。


 須藤と友達になってからは、いつも三人で一緒に遊んでいた。



『───その話し方? 訛り? かわいいよね! わたしはそう思うけど… ほら、一緒に行こ? もっとエコにお話聞かせて!』



 仲良くなった当時から、彼女に淡い恋心を抱いていた。しかし、彼女の横にはいつも須藤がいた。



『ほんっと頭きちゃう…大輝ってば昔からああなの! 少しは立花くんを見習って欲しいよ! あ、良い子なんだよ。たまーに癇癪おこすの…ちょっと立花くんとお話して帰るだけなのに…なんでかな…』



 須藤は絵子に恋をしていた。だから最初から立花は諦めていた。



『───き、清春くんって呼んでいいかな…?…わたしも、その…エコって呼んで欲しい…もっと…仲良しさんに見えるでしょ? え? あ、ああ、大輝はスドーでいいから! あんなやつ名前で呼ばなくていいから!』



 なのに。



『───き、きよ、清春くん! わ、わたしを彼女にして下さいっ! 好きです! ……エコじゃ…やっぱり……駄目かなぁ…?…』



 中学一年の冬。

 バレンタインの日に、彼女に告白された。



『───あ〜…ドキドキし過ぎて死ぬかと思ったよぉ〜清春くん…腰抜けちゃった…うっ、うっ、嬉しいよ〜ぅえぇ〜ん』



 まさか告白されるとは思ってなかった。

 その頃、須藤は別の子と付き合っていた。そう言っていた。


 だから、OKした。



『───じゃ、じゃあ、手、繋いで…帰ろ? もう、カレカノだし! 嫌…? あ〜清春くん顔真っ赤だよ? え、嘘、わたしも?! だって…こんなに嬉しいんだもん! 仕方ないよぉ! …けど、初めてのお揃いだね? あぁ…エモいよぉ』



 そこからの三か月は、まるで夢のようだった。



『甘いもの好きなんだね〜次はどれを飽きるまで食べちゃうのかな〜? 清春くんそれやっぱり変だよ〜! 同じものばっかりなんて〜 でもわたしもやってみたいから、また駄菓子屋さん行こ? え? だって清春くんと同じこと経験したいし……』


『もー、わかるでしょ…そのほら、あれだよ、あれ! もー清春くんってほんっと奥手なんだから…まあ? そういうところも? 好きなわけですし? いいけどさ〜はーもー…せっかく勇気出したのに…』


『文香が怪しいの! 絶対二人きりになっちゃ駄目だからね! 浮気ダメだからね! エコの事だけ見て…お願い、清春くん。好き…ずーっと一緒だよ?』



 そして本当に夢だった。



『あはっ。清春くんの事好きなわけないじゃん。何言ってるの? わたしにはすっごく大切な幼馴染がいるんだよ? あ、大輝〜ちゃんと言ったよぉ。だからぁ、またお家でイチャイチャしよ? 今日はお母さんいないから…ね?』



 この日、学校であるにも関わらず、泣き崩れた。立ち直るのに随分とかかったものだった。



「注文しないの?」


(…なんだ…この距離で話してくる…なんで…ここは圏外だぞ…?)



 柄本絵子。サラサラとした明るい髪色のショートボブ。スタイルも程よく、色白で、目元はぱっちりとしていて、とても華やかだ。


 大輝ガールズは学校ではランキング外にされている。でも間違いなくトップスリーに入る美少女だった。



 彼女含め元カノ達には、ある共通点があった。


 それは物理的な距離だ。


 元カノ達は立花がある一定の距離まで近づくと途端に錯乱し、悪態をついたり、罵倒したりする。一人一人距離は違うが、立花にはその距離が見える。見えるくらい慣れている。


 立花はそれを圏外と呼んでいた。


 その圏外にさえいれば、彼女達からは無視される。近づけば反応する。まるでゲームのモンスターだ。元カノがモンスターか。笑えない。立花は軽く溜息を漏らす。



「清春…く、ん…?」


(…?…やっぱり…圏外なのに…?…)



 しかし、今日は最初から様子がおかしい。普段なら無視される距離のはずなのに、一向に動かず、こちらを見て何度も話しかけてくる。こんな事は初めてだった。


 だが、立花は会話をしない。


 胸の痛みは沈んでいるだけで、決して消えて無くなったわけではない。


 絵子が手に持つサクレ。そのパリパリのパイ生地にジワリジワリと淡い甘さのカスタードクリームが侵食していく。台無しだ。それを立花はぼんやりとムカつきながら眺めていた。


 すると圏外なのに、彼女は錯乱し出した。



「あ、あ、嫌、…や…え…た…の…ああ…エコを…き…き…大輝…大輝…」



 うわ言のように何かを呟きながら彼女はフラフラとどこかへ行った。



「…何だ…あれ…距離、間違えたっけ…あ、すみませーん。このHATSUKOIサクレ、一つ…くだ…さ…い」



 もう通って一月は経つのに、立花は商品名に全然気付いてなかった。


 今更ながら、淡い甘さの初恋を、痛い思いを思い出しながら、サクッと食べた。


「不味くないのが、辛いな…」


 

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