立花くんと第2NTR人。

 翌日、立花はお昼休みに図書室に向かった。


 世間的には彼の行動や振る舞いは、ぼっちとか陰キャとか呼ぶのだろう。


 だが彼は呼ばれない。逆に好印象を持たれることが多い。清潔感があり、誰とでも打ち解ける。時折暗い顔をするのもいい。女子からはそういう評価だった。


 常に清潔感で溢れているのは、全て妹のおかげで、誰とでもコミュニケーションが取れるのは、認めたくはないが、付き合う前にいろいろと連れ回していた絵子のおかげだった。


 だけど友達はいない。


 立花は、夜逃げのトラウマからか、無意識に深い人付き合いを避けていた。


 特別なのは、須藤だけだった。



「何にしよかな…」



 立花には趣味らしい趣味はない。割と何でもある水準までこなせるが、情熱がそこまで昂らない。器用貧乏だと自己評価していた。


「手芸、手芸…」


 最近のブームを見つけるために、通ってないジャンルの本を探していた。



 そんな図書室の一番奥に、二番目の辛い過去が居た。



「…きよくん」


「……」



 中学二年の夏休みに付き合った元カノ、舟田文香ふなだ ふみかだった。


 当時、彼女とは図書館や図書室でよく出会った。振られてから何か気を紛らわせることの出来る物はないか。絵子への想いを忘れるために無理矢理通っていた。



「何か探してるの」


(…まただ…この反応…なんなんだ?)



 立花はピタリと足を止め、踵を返す。


 元カノ達は立花が近づくと途端に罵倒する。二番目文香は冷たい無表情で淡々と悪態をついてくる。


 立花は他の棚に向かった。


 だが、今日はいつもと違っていた。今まで無かった反応を、文香は示した。


 ヨロヨロと後を尾けてきたのだ。立花は途端に背中が緊張してくる。入った本棚の通路は袋小路になっていて、逃げられない。


 もう元カノモンスターの狩場、悪態圏内だ。


 何だ、なんなんだ。いったい。


 立花は仕方なく本を探すフリをしながら本棚に身体を寄せ、ズリズリと横歩きで入り口に向かう。



「何を探してるの」


「……関係ないだろ」



「一緒に……え?」


 

 つい、ぶっきらぼうに答えてしまった立花。何でそんな事を言われなければならない。新手の罵倒か? 罵倒するならすればいい。


 しかし、おかしい。変だ。


 何故かいつもと違う文香。普段ならこんな事は絶対言わないし、ついてもこない。


 しかも立花の返答に驚愕の表情を浮かべている元カノ、舟田文香。


 黒髪ロングのストレート。前髪を真っ直ぐに切り揃えていて、肌は青白いほど白い。それは出会った時と変わらない。美少女なのが余計に苛立つ。



『───立花くん。何を探してるの。一緒に探すの』


『───それは辛いの。えっちゃんは馬鹿なの。大馬鹿なの。須藤もなの。死んだ方がいいの』


『───あれが、えっちゃんの答えなの。き、きよくんは悪く無いの。ここにずーっといれば大丈夫なの』



 立花は、言い聞かせてきた。須藤の恋を応援していたから、元々絵子のことは諦めていたんだと。でもやっぱり辛かった。


 しかも絵子と遭遇すると、よく回る口で煽ってくる。


 文香はそんな立花の気持ちを何度も何度も優しく抱きしめてくれていた。次第に特別な感情が芽生えてきた。


 そんなある日に告白された。



『───帰ってからこの本を開けて欲しいの。文香の気持ちなの』



 本の中身はイミテーションで、代わりに立花が転校してきてからの、およそ数年間分のラブレターが入っていた。



『───本当は転校してきてからずーっと見てたの。えっちゃんのこと、きよくん見てたの。初恋が叶わないと思ってたの。私が彼女になって…あげるの』



 だから、そんな彼女を信じた。



『───今度家に来て欲しいの。きよくんに見せたいものがあるの。ふふ』



 だから、そんな自分が馬鹿だった。



『───きよくん! これは違うの、違う、違うの! きよくん! 待っ───』




 さっきの口調は出会った頃のままだった。忘れているのは別に構わないが、馬鹿にしているのか。

 これならいつもの悪態のほうがまだマシだ。立花は歯を食い縛り、立ち去ろうとする。


 その怒りの背に文香が声を掛ける。



「あ、あ、わたしがいつもみたいに選んであげ…いや 違う、違うの…き…須藤く、ん」



 立花は思った。流石にこんな仕打ちはない。文香に本を選んでもらったのは付き合う前と付き合った頃だけだ。それに何年前の話だ。



『───いつもみたいに選んであげるの』


『───これは違うの、違う、違うの! きよくん! 待って───』

 


「…ははっ。すげぇ気持ち悪いな。お前」


「…」



 ただただ泣けてくる。涙を堪え、本を借りずに教室に戻った。昨日の事といい、今日の事といい、いったい何が起きているのかわからない。


 そもそもあれ以来、図書室には来なくなっていたのに、何故かいた。また安らげる場所が無くなった。同じ学校だからと気を遣ってきたのに。立花は次の候補地を考える。



 その頃文香は、図書室の隅っこで、誰に向けてでもなく、さめざめと泣いていた。



「あ、あ…また、私…涙が溢れるの…?…また…この記憶…何…誰…?…」



『あれ……◼️◼️…何、して、離すの! え? ◼️◼️くんが来る?! 見せつけてやる?! 何を、言って…訴えるの!』


『これは違うの、違う、違うの! ◼️◼️くん! 待ってなの! 待ってぇ! こんなのおかしいの! 早くどいて◼️◼️、え…何して、やめて! いや、いや! 助けて! 助けて◼️◼️くんッ! あ、あぐぅぁッ! いだぁい…◼️◼️くんにあげるの…◼️◼️くんにあげるの…なくなったの…? ◼️◼️ぉぉぉ! お前は絶対に殺すの! 殺す…? 誰を…? 殺さないの。イかしてあげるの』



 舟田文香の思考は、塗りつぶされた過去をまたループしていた。


 彼女の探し物はいつまで経っても見つからない。

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