立花くんとヤバいやつ。

 ある日の放課後、立花は理森と中庭のベンチに人一人分を空けて座っていた。


 今日は委員会の集まりがあり、それが終わってから少しだけと、立花が理森にお願いをして話をしていた。


 と言っても委員会で疲れたのか、理森は俯いたまま黙って聞いているだけだった。


 立花は最近疲れていた。大輝ガールズが謎の行動をとるからだ。それを理森に聞いてもらっていた。


 信じてもらえるかわからないが、圏外と圏内における元カノ達の行動を理森に語っていた。過去と今、その違いも。まるでゲームみたいでしょ。空笑いしながら独り言のように聞かせていた。



 そこに立花の親友で幼馴染、須藤大輝すどう だいきがやってきた。


 短髪を明るく染め、ワックスで無造作にしている。目鼻立ちはハッキリとしていて、部活のせいか、自信の表れか、声は太く、轟くような迫力があった。身長は170後半、肌は部活焼けで色黒で、節々は太く、筋肉質な男だった。



「清春」


「ああ、須藤。久しぶり、じゃ…ないか」


 

 木暮京子きぐれ きょうこ。少し前まで彼女だった女の子に別れを告げようと家に行くと、情事に遭遇した。


 そういった事がないようにと、話があるから近くの公園に来て欲しいと事前に電話で伝えた。ところが、どうしても家に来て欲しい。話したいことがあるから。私がどれだけ君を好きか伝えたいから。そう言われ、渋々行った。


 これ、多分まただよな。そう思いながらも断りきれなかった。


 案の定二人は裸で、いつものように須藤は平謝りをしてきた。



『清春…すまん。こいつがどうしてもってよぉ』


『たっちゃん、ごめんね。今まで内緒してて。私が本当に好きなのは、須藤くんなの。でもたっちゃんも好きだからさ、私の感動のシーンを見、て、欲しくって…須藤くんに私の大事なものをあ、げ、る…瞬、間を見てほ、し、かったんだ…い、や、いや、須藤くんと繋がるとこ、見、てほし、いんだ』


『だってよ…清春。見てやれよ。こいつの愛のカタチを』



 もう立花の心は擦り切れていた。すぐにお決まりの別れを告げ、京子の元を去ったのだ。涙はもう枯れていたけど、悪趣味過ぎて吐きそうだった。


 だけど、不思議と須藤には何も思わなかった。いや、不思議とすらも思ってなかった。


 ただ、何故か扉を閉める直前に、京子は違うの違うのコールを必死にしだした。が、続きを聞く前に去った。いくら経験があるとはいえ、キツいものはキツい。


 帰り道には彼女のことは好きではなかった。そう思い込むように繰り返し呟いて、心と頭に言い聞かせた。


 いつものこと。いつものこと。いつものこと。夜逃げよりマシ。夜逃げよりマシ、夜逃げよりマシ。−8000万より全然マシ。−8000万より全然マシ。−8000万より全然マシ。そう自分に言い聞かせて。


 いつもこの別れの後に決まって心に訪れる、強烈な疲労感と虚脱感。


 そして頭に渦巻く靄。


 それを振り払うかのように、別のことを思い浮かべながらフラフラと歩いた。


 そこには一人の女の子がいた。


 夜逃げ前、何にもない田舎で過ごしたあの風景。海が見える高台に、一人佇む、幼馴染のあの子を思い浮かべた。いつも柔らかく笑い、いつもじんわりと暖かい、陽だまりみたいなその少女のことを。


『きよはる』


 今はもうどんな会話をしたか記憶が薄れてきていた。さよならを、別れの挨拶を告げれなかった。その後悔で頭と心を満たしながら、その日は帰宅したのだった。




「いつもごめんな。それより、そちらは?」


「あ、ああ、委員会で一緒になった子だよ」



 既に須藤の中では謝ったからと京子のことは終わらせていた。それに蒸し返されたらここに来た意味が無くなる。


 適当に謝ってすぐさま立花の隣に座る学校トップスリーに入る美少女、大島理森に目をやる。


 噂では彼氏がいるらしいが、誰も知らない。それが立花と最近よく居ると情報が回ってきたので、確かめにきたのだ。



「はじめましてかな。立花の幼馴染の須藤大輝です。よろしく」


「……」


 

 理森は須藤から声を掛けられても俯いて答えなかった。そのことに、立花は少しソワソワしてくる。



「ああ。まだ…シャイな子か」


「…まあ…須藤は何か用だった?」



 立花は理森に先程まで相談に乗ってもらっていた。他ならぬ元カノ、大輝ガールズについて。でも多分彼女はそのことを口に出さない。だけど、早く須藤には帰って欲しかった。


 須藤と二人の時は楽しいが、今は居心地が悪い。


 しかもまだシャイ、だと言った。元カノの一人を嫌でも想像してしまう立花だった。



「用ってほどでもないけどな。なんだよ。話したいからって来ちゃ駄目か?」


「そんなことないよ。最近忙しそうだから」



「ああ、生徒会の仕事もあってな。別クラスだし、清春と話せてないなって。あの時も…ああ、すまん。ははは。それもあってな。気落ちしてないなら良いんだ。あいつらも…元気だぞ」



 あいつら。その言葉に平静を装わなければならない立花は、その無理を隠して当たり障りのない返事を答えた。



「…そっか。まあ気にしないでよ」


「ああ。清春もあんま気にすんなよな? じゃあな」



 つい、ニタリとしたイヤらしい笑顔を浮かべてしまう須藤。だが、立花はそれに気付けない。


 ただ、第三者は違う。言葉の端々から立花を馬鹿にしていることがわかる。わかっていないのは立花だけだった。


 理森は須藤の姿が完全に見えなくなると、俯いたまま、小さく呟く。



「あれ、ヤバいわね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る