立花くんのは魔眼じゃないかも。

 理森は今、ドキドキと興奮していた。


 左手で胸を押さえ、静かに時を待つ。


 片目だけのレア。

 言葉だけで恋を焚きつける力。

 そして数字が見え、繋がりが見える仕組み。


 これ、もしかしたら魔眼じゃないのかもしれない。


 愛の結晶、クリスタロザガピス。


 ザガピスの悪魔と呼ばれ、魔女の追い求めてきた魔眼じゃないのかも知れない。


 いつの時代に生まれたのかわからないそれは、愛の名のつく物を契約者にもたらす奇跡の結晶だった。


 とりわけ奪い取る愛、魅了の力に優れ、多くの悲恋を生み、国を混乱させ腐敗させ戦乱を招いてきた悪魔の結晶だった。


 15世紀頃、ある国の王に頼まれた魔女によってそれは砕かれた。しかし、欠片になったことで散り散りになり、人々の瞳に宿ることで逃げ延びていた。


 理森が初めて須藤を見た時、それはもう驚いた。何せ、最後に大きな力を持った魔眼が確認されたのは19世紀。それ以来、大きい欠片はほとんど見つかってない。


 しかし、須藤の力の大きさから欠片7つ程。それなりの大きさだが、多重契約に立花くん限定仕様。これなら切り札すら必要ない。


 これが限定じゃなければ脅威だったが、ハメ技で小さく出来る。


 それに、立花くんにもお守りで対策を施した。


 ヌルゲー。


 そう思っていた。


 だけど、今目の前の立花くんのは違う。聞いているだけで、過去の文献には載っていないものだ。つまり、少なくとも15世紀より前の代物。


 これは歴史的な発見なのだ。


 目を尖らせ、唇を少し舐める理森。


 私の魔術との勝負。負けるもんですかと興奮していた。


 時代とともに魔術の研鑽も練度も強化され、今の方がずっと強い。母などは過去を美化し賛美する。それはわかるが、負ける気はしない。


 そして装備だ。


 首と両手両足には立花くんのものより複雑な魔術をかけたマクラメのネックレス、ブレスレット、アンクレット。

 手印による簡易の祈り。太陽と月の方角による立ち位置の幸運の配置。貞操帯的魔術を施した純潔のブラとショーツ。


 そして魔眼に対抗出来る自己愛を高めるフィラウティアの魔術。


 愛には愛で。


 これこそが魔眼の魅了に対抗する魔女の切り札。


 理森はおおよそ須藤の力の大きさを見抜いていた。だから不意に須藤に襲われても余裕で撃退できるくらいの装備だった。


 それにだ。


 屋上に、放課後に、夕焼け。


 高校二年生の男女二人。


 くぐもった吹奏楽部の演奏。


 野球部の甲高いバットの音。


 魔女とはいえ、自分JK。


 そこに理森はエモさを感じていた。


 私、今、自分に酔ってる。


 自己愛の急速な高まりを感じる。


 負けるなんて、ありえない。



「さあ、いいよ! ちゃんと心を込めてかかってきなさい!」


「これ告白だよね?」



「当たり前じゃない…もう。さあかかってきて!」


「…かかってくる告白って何…? でもほんとにほんとに大丈……あ、はは、睨まないでよ…本当にするよ? ならいくよ。えーと、好きです。僕と付き合ってください! …こんな…感じ? 告白なんて、初めてしたよ。なんか青春っぽいね」


 

 瞬間、理森のマクラメ装備は一瞬でボロボロの灰になり屋上に溶けた。


 瞬間、魔術を施したブラとショーツも散り散りに千切れ、穴だらけになり、制服の下はとんでもない事になった。



「私もこんなの初めてだよ」


「あはは。なんか照れるね。冗談でも。あ、そうそう、言ってたこのゲームみたいな数字。あんまりゲーム知らないんだけどさ。消し方とか相談したくて…」



「魔眼にそんなのなかったと思うけど…昔何か目の怪我した…? 左目からしか…やっぱり感じないよ…? はぁ…」


「あ、ああ…? 昔須藤を良く思わないやつが椅子投げてきてさ。庇ったら頭に当たって…な、なんでにじり寄るの…?」



「ぐすっ…悪魔に取り憑かれて…寝取られて…親友だと思い込んでて…庇って…ほんとに…立花くんは…」


「……?」



 何か…嘘泣きっぽいけど…? あとネトラレってなに? 何か…おかしいな。そう思って理森の頭の上にある数字を立花は見た。最初は70くらいだったのに、すごい勢いでカウントが上がっていた。



「いや待って待ってその感情今すぐ捨てた方がいい。何の数字かまだちゃんとわからないけどガンガン上がってる。嫌な予感がする」



 うっとりとした表情で理森は一歩一歩立花にゆっくりと近づく。


 吐息には色が混ざっている。



「私の気持ちが丸裸だなんて…」



 立花は後ろにジリジリと下がりながら理森を諭す。



「大島さん? はは、待って待って、違う違う。あれ、これどうすんの? 例えばコントローラーとかないの? あは、は、は、ゲームとかわかんないよ、粘土しか」



 目にハイライトがない。ベタ塗りだ。音が遠くなる。なんとなくヤバいのがわかった立花は混乱していた。


 とりあえずと左目を閉じる。


 しかし気づけば屋上のフェンスの角に立花は追いやられていた。


 彼女との距離はもう1メートルもない。


 理森はまた少し唇を舐める。



「粘土…? ああ、アートクレイシルバーでリング…あり増しのありありね。でも脆いから魔術で強化しましょ」


「それ指輪をハメる動作と違うと思うんだけど…あ、はは、は、コレの操作の仕方を知りたいんだよね」



 どうも理森のハメる仕草は違うっぽいし、色っぽい。立花は閉じた左目を指を指し、理森に伝える。



「アレの使い方ね。でも今日は幸福日だから要らないよ? 初めてが屋上…じきに夜が来て、星が降るし、あなたが降るわ。いっぱい降るかな」


「な、何の話…? あはは…コントローラーとかボタンとかないのかな。2個とか四つとか普通あると思うんだ」



 唇に指を添え、ドキっとする仕草で立花にジリジリと近寄る理森。それに照れてしまい、立花はさらに混乱して話す。


 ちなみに立花のゲーム機の知識は、90年代あたりから進化していない。



「やだ、理森のボタンは三つだよ? めぇーって鳴くの」


「何の話?! あ、ちょっと! ヤバい

! 僕帰るね!」



 やっぱり正気じゃない。立花は理森の横から抜け出ようとする。が、理森はボソリと待ったをかける。



「今帰ると…みんな魅了しちゃう…吹奏楽部根こそぎ…いいの…?」


「…嘘でしょ…? いや、その顔嘘だ! 笑ってんじゃん! 一緒に考えてよ! お願い!」



 理森はピタリと止まった。



「……あは。嘘だよ? びっくりした?」


「…? 嘘…? は、はは…なんだ……びっくりした…」



 いつもの調子になった理森を見てホッとする立花だった。



「くすっ、ごめんね。立花くんの焦る顔、すっごい良かったよ」


「…それな…はは…疲れた…」



 立花はフェンスにもたれたまま、ズルズルと腰を落として溜息を吐いた。



「ほんとうに……ごめんね。ふふ❤︎」



 理森はほんの小さな声で、妖しく謝った。



 

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