立花くんのANSER。

 穏やかに見える立花を見て、ある一つの答えに辿り着いた理森。



「…浮気された事と、救われたことが天秤にそもそも乗らないの?」


「最初は…いやどうだったかな。そうかも」



 立花は、当人のくせに、よくわからないといった感じだった。それとも見たくないのか、信じたくないのか。あるいは考えを放棄しているのか。



「それにしても、アルバム見たくらいで…」


「ああ、違う違う。須藤がさ、僕のスマホをちょくちょくチェックしててさ」



 須藤大輝。学校一の人気者。生徒会で副会長を努め、サッカー部での次期キャプテン候補。いつも友人に囲まれ、女の子に囲まれ、話題の中心に常にある人物。


 それが友人のスマホチェックだなんて。理森には、途端に小物のように感じれた。


 

「確かなんらかの罪だと思うけど…須藤くん何してんのよ…もしかして…彼の方から?」


「なんかいつも僕の女チェーックって言ってスマホ見てさ。知りたがるんだよ。そんで彼女とのやりとりとか見て、そこからだいたい一カ月後にはね」



 酷いと言わざるを得ない。理森は須藤のあの学校での姿は仮面なのではと思った。その仮面の裏。それを立花には見せている。



「そんな風になるのわかってても…断れないんだ」


「そうだな〜なんかあいつに好奇心いっぱいの顔で頼まれると断れなくって」



 別に諦観みたいな諦めを感じない。ただありのままの事実を述べているようにしか見えない立花に、理森は諦めを感じ始めていた。



「それだけ聞いたら友達でもなんでもなくただただ騙されてるようにしか聞こえないけど…須藤くんとの…出会い話聞くと…」


「だからなんていうか…少し言語にはしにくい感情があってさ。でもこんなの駄目だなって思って。一応高校は違うとこ受けようと頑張ったんだけどさ。いつの間にか居てさ。あいつならもっと上にも行けただろうから油断してた。また一緒だな、よろしく、なんて言うからさ。しかも元カノ達もいるし。ならもーいっか、って。そんな感じ」



「達観してるね…」



 そうだ。立花はどこか突き抜けてしまっている。だからあまり感情が動いたように見えない。これはある意味彼の地雷なのかもしれない。理森はそう思った。



「はは。でも最近わかったんだ。逆に言えばさ、あいつのアプローチを振り切れるほどの優秀な人材を探せばいいってさ」


「もはや彼女が人材化して…」



 達したのか突き抜けているのか。前向きな意見なんだろうが、何か違う。彼女とは人材を見る目で見るべきではないと思う。


 すると立花はいい顔してこんな事を言った。



「それが、運命の人材かなって」


「たった一文字くっ付いただけなのに! ブラックな匂いが強烈にする! 嫌な仕事が始まりそう!」


 

 やっぱり立花はどこかおかしい。あまりにもな悲惨な過去と親友の裏切りを浴びてしまったからだろうか。だが、知らず知らずのうちに理森は思考とは切り離して会話を楽しんでいた。



「まあ、そんなわけでさ。俺の時代ジダーイ来たなってYOH。明るい未来ミラーイ来るなってANSER」


「立花くんそれ駄目! それ若手起業家で失敗するやつだから! ふふっ、はは、何それ〜」



「ははは。冗談だよ。大島さん。僕は大丈夫。だからあまり気にしないで。ありがとう。でも結構ノリ良いんだね。お淑やかな感じだし、意外だった」


「こほん、ん、ん…最初はほんの親切心から忠告しようかと思ってたの。他にも何人か知ってたし。女子のネットワークってすごいから。前に立花くん、私のこと委員会で助けてくれたでしょ? だから女子の間で噂される前にって。悲しんだらそばにいてあげようって。慰めてあげようって。でもまさか自虐でも復讐でも落ち込むでもないなんて思わなかったから…」



 理森は男女問わず人気があった。それを面白く思わない人も当然のようにいた。


 環境・美化委員の集まりの最中、配布資料を彼女だけ一枚抜かれていた。焦っていた理森に、それを察した別クラスの立花が何も言わずに自分のをくれたのだ。それもあって、今回の浮気を伝えようと決めたのだ。



「まーね。僕くらいになるとね。これは自虐っぽいか…よし。切り替えよ。大島さん、別れてくるよ」


「まさか直接? そんな子、メッセでいいでしょ?」



「んー。まあ、僕のこだわりかな? 会って話して、ちゃんと終わりにして。次に進む準備っていうか。両親は尊敬してるし、感謝してるけど、夜逃げっぽいのは何か…嫌でさ。はは。トラウマっていうか。それにこう見えてもショックはショックだしね…それに好き、だったし。…けじめてくるよ」


「けじめるなんて言い方聞いたことないよ……でも立花くん…すごいね」



 理森は驚いた。あんな裏切りをされれば、無視でもいいし、会わずにメッセでいいはずだ。それが、きちんとすると言う。

 それに立花のその言い方だと、もしかしたら夜逃げ前にいたところの友達とはお別れを言えなかったのかもしれない。



「そんなことないよ。彼女どんな顔するのかなって。縋る女? 隠す女? 足掻く女? 逆ギレ女? 駄目な女? 嫌な女? 色ボケ女? ズルい女? のガチャっていうか。最近のブーム」


「台無しよ…それだけ聞くと趣味悪く聞こえるけど…被害者だもんね。少しでも…楽しんでいいと思う。行ってらっしゃい」



 多分、私に気を遣っているのだろう。少しだけちゃらちゃらとした表情を作って悪趣味っぽいことを口にしている。でも確実に本心ではない。理森にはそういう無理が見えた。だから送り出す言葉を口にした。



「うん。行ってきます。また今度話すYOH。何が出たかANSER」


「っぷ。それやめてよ。そんなのいらな…いや、うん。わかった。絶対教えてね」



「ああ。わかった。じゃあね」


 ボランティア部の部室を出ながら立花は返事をした。そのまま何か口ずさみながら部室を後にした。



「ドゥルルルルル────」



 一人残った部室で、立花の今からを想像する理森。なんだか胸がソワソワする。気づけば心配を口にしていた。



「立花くん…大丈夫かな。いろいろ…」

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