立花くんと×人のNTR

墨色

立花くんのNTR。

立花くんの四則演算。


 まだ暑さ厳しい九月のある日。落陽高校ボランティア部の部室。


 二年生、立花清春たちばな きよはるは、別クラスの女の子に呼び出されていた。



「立花くん。これ見て」



 呼び出した彼女──大島理森おおしま りもりは、少しだけ躊躇したものの、口を固く結び、立花に自身のスマホを見せた。



「…やっぱりなあ。ありがとう大島さん」



 スマホには一組のカップルが写っていた。


 一月前から立花と付き合っている彼女、木暮京子きぐれ きょうこが、ある男と手を繋いで笑いながら仲良く歩いている写真だった。



「知ってたの? 彼女の…浮気」


「んー、まあそうだろなってくらい」



 理森は、立花が泣き叫ぶのなら慰める事も考えていた。だからあまり人気のない文化部棟のボランティア部に呼び出したのだ。


 しかし本人は浮気をすでに察していて、表情とは裏腹に軽い口調でどこか納得していた。



「…そんな辛い顔で軽く言われても…誰もいないし…いいんだよ、泣いたって」


「いや、浮気を辛がってるわけじゃないんだ。浮気相手が予想できたのが辛くてさ」



 立花は、辛そうな顔をしながら、彼女ではなく、写真に写る、男の方を見ていた。



「…どういう意味?」


「この男子、知ってる?」



 理森は、立花の指差す男について知っていた。いや、この学校で知らない人はいない。それくらいの有名人だった。



「…この学校なら知らない人いないんじゃない? 須藤大輝すどう だいき。学校一のイケメン。文武両道の人気ナンバーワン。って評価ね」



 立花は少しだけ笑い、理森の目を見て言った。



「…そいつ、僕の幼馴染で親友でさ。もっとも僕がこっちに引っ越してきたのが小学四年の時だから、そう呼ばないかもだけど。まあそれでも…初めてできた友達だからさ」


「そう…それは…なんというか、複雑ね」



 これ、彼女と親友の浮気だったのか。思い掛けない事実に、大島は答えに窮し、当たり障りのない言葉を口にした。



「まあ、これで7人目なんだけどさ。またかーって」



 さらに立花は衝撃的なことを言った。その事実に理森は感情を刺激しないよう冷静になる。ただ確認だけはしたい。どこか納得しているのは、何度か経験しているのではないか。

 


「もしかして、全員須藤くんが? ……こころ広すぎない?」


「そ。毎回。なんて言ったらいいのかな…もう恋なんてしないなんてそりゃ言うよ絶対。っていつも思う」


「いつも思うんだ」


 

 先程の悲しそうな表情は消え、淡々と話す立花。口調から彼は友達をやめる気を感じない。普通そんな事一度でも起きれば友達なんてやめるはずだ。


 立花清春たちばな きよはる。黒髪を丁寧に流し、清潔感に溢れ、物腰も柔らかく、口調も穏やかな男子。身長は170前半で、細マッチョ。色白。顔は上の下くらい。

 髪を明るく染め、チャキチャキ喋れば陽キャな感じにすぐ馴染みそうな男の子だった。



「僕、見てくれそんなに悪くないでしょ? だからそれなりにモテるんだよ」


「まあ、そうね。女子の間では須藤くんの次の次の次の次のそのまた次くらいには上がる」



 あまりにも淡々と話す立花の空気に理森はいつの間にかいつもの態度に戻っていた。茶化すかのように、パスを投げてみる。実際はそれより上の評価だが、どういった態度を取るのか。理森の悪いクセだった。



「そうそうそんな感じ。安パイって言うのかな? 簡単に落とせそうっていうか、こっ酷くは振られなさそうっていうか」


「人によってはディスに感じるくらいのこと言ったつもりだけど」



「まあ、付き合った中にこんなやついたなぁって誰だっけこの人。くらいな人っていうか」


 自虐に聞こえるようなことをあまりにも軽く言うせいか、自虐に聞こえない。理森も自然と顔が綻んでいた。


 やっぱりこんな性格なんだ。彼がショックを受けて自暴自棄にならないのであれば良いか。



「もうやめて。立花くんって受け止め方が柔らかいよね。自虐っぽくもないし。謎の安心感あるのはまあわかるわ」


「言われる。付き合ったらさ、家とか来るじゃん? そしたらアルバムとか写真とか見るじゃん? そしたら親友ってわかるじゃん? 実は親が夜逃げでこの町来たからさ、小4からのしかアルバム無いんだけどさ」



 立花の柔らかい口調や仕草に心を開きかけていた理森は、彼の発言に待ったをかける。夜逃げ? ドラマくらいしか知らない。



「待って。ちょっと待っていきなり重いよ。親友浮気も重いけどさらに倍だなんて、女子高生には重いよ」


「でさ、借金もあってさ、8000万くらい」



 止まらない立花。夜逃げだろうから何かしら理由はあるだろう。そう思っていたらすぐバラした。今私何の話してたっけ。親友浮気+夜逃げ…+借金8000万?! 

 


「重ねる?! 重いから! めっちゃ重いから!」


「まあそれは父さん早くに死んでさ、遺産相続放棄したからもう大丈夫なんだけどさ」



 さらにお父さん亡くなってるの?! 早すぎない?! 病気?! 自殺?! 保険金?! まさか他殺?! 相続放棄?! 何それ?! 大島はぐるぐると頭の中で整理しようとするが、事実が重い。重すぎる。



「まだあるの?! おっも!! ていうかもう無理だよ! 重いよぉ!」



 理森の叫びに、立花は表情に少しの陰りを見せ、一旦話をやめた。


 理森が落ち着くのを待ち、今度は本当に辛そうにしながら語り出した。



「まあ、淡々と語ってるんだけどさ。その当時は盗み聞きした両親の会話に凹んでて。訛りも酷くて学校で馬鹿にされてさ。友達なんか、出来なかった」



 理森は立花の語る内容を想像すると、何だか胸の中が締め付けられる。


 大島理森おおしま りもり。髪を亜麻色に染め、肩口までのストレートヘア。スタイルも良く、友達も多い。学校でも上位に入る美少女だった。


 自分にだって今までいろいろあった。でもプラスの出来事や感情の方が圧倒的に多い。それに引き換え、立花くんはどうだ。


 彼女が親友と浮気×7+夜逃げ+父の死+イジメ=重いしキツい。この四則演算の答え的には死を選ぶ人もいるだろう。


 大島理森はイメージした。

 かつて小学生だった時の立花清春を。


 休み時間、トイレの個室で膝を抱え耐えている姿を。誰もいない日が暮れた公園に一人ブランコに俯き座る姿を、幻視してしまった。



「…もう私辛い。立花くんを抱きしめてあげたい」


 理森は自然と言葉を紡いでいた。



「いや、君彼氏いるじゃん。気持ちだけで嬉しいよ。ありがとう。まあそれくらい辛い時に…一緒に俺と遊ぼうって。…初めてできた友達だからさ」



 立花清春は、その時を思い出し、穏やかに笑いながらそう言った。


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