第16話

 夕暮れ時ほど、地球の自転が速くなる時間は無い。名も知らぬ山の向こう側に沈みゆく太陽を見つめていると、そのスピードに思わず天動説を信じてしまいそうになる。


 かつて友人のためにこの沈みゆく太陽の十倍も速く走った青年がいたそうだが、にわかには信じがたい話だと、太陽を横切るカラスよりもゆったりと歩きながら思う。その脚力があるなら、邪知暴虐の王にまずハイキックを一発かましてやればよかったのだ。


 登校後、始業式に先立ち発表されたクラス替えにより、俺と穂夏は同じクラスであることが判明した。穂夏の他に一年生の頃からの友人も何人か同じクラスになっていたので、正直ホッとした。やはりこういう時に知り合いは多い方がなにかと心強い。


 最初の自己紹介で俺が話した内容については言うまでもない。クラスの面々の反応も、穂夏と似たり寄ったりで大盛り上がりだった。


 放課後、穂夏の誘いで一緒に高校を出た俺は、朝の一件があった交差点でつい先ほど穂夏と別れ、いつも通りの一人での下校に戻っていた。


 公園脇の桜並木に差し掛かる。夜桜というにはまだ明るすぎるが、それでも朝とは違った孤独に優しい趣が感じられた。


 夕闇が力を増していくにつれて、花びらは優しく青白い輝きを放つようになる。ひとたび風が吹けば花弁は空を舞い、まるで雪のように静かに夜に降っていく。


 突如、公園から響いてきた奇声が黄昏の静寂を切り裂いた。


「キシャ――――ッ‼ またですか! またあなたですか! 今朝痛い目に遭ったのをもう忘れましたか! ほらどいて! どいてください! そこは私の寝床なんですから! 職質されずに済むのここだけなんですから! もうあんな怖い思いはしたくないんですってば!」


 声のした方へ目を向ければ、そこは朝と同じベンチ。その上にはこれまた朝と同じように知らんぷりを決め込む三毛猫が座っていた。

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