第12話

「私は八月三十一日に生まれたの。夏の匂いがまだ仄かに香る頃、そして稲穂が仄かに黄金に色づく頃。だから穂夏。ね? 素敵な話でしょ?」


 問われた俺は素直に頷く。そこには相手が初対面であるからという気遣いや忖度などは一切無く、本当に心から素敵な話だと思った。


 そんな俺の様子を見て、穂夏は満足げな笑みを浮かべる。


「だからね、私は自分の誕生日も名前も凄く気に入ってるの! なんなら名前の刺繍入りのハンカチ使ってるくらいだし!」


 そう言って穂夏はスカートの右ポケットにいそいそと手を突っ込んだ。しかし、目的のブツは無かったのか、今度は左ポケットをまさぐり始めた。


 その手の場所がブレザーの右ポケット、左ポケット、内ポケットと移っていくにつれ、段々と穂夏の表情は曇っていく。


「あ、あれ? おっかしーなー……。ちゃんと持ってきたと思ったんだけど……」

「もしかして落としたとか? 俺とぶつかった時に」

「あー! 言われてみればそうかも!」

「じゃあ取りに戻るか。今すぐ戻れば遅刻はしないだろうし」


 穂夏のあまりの慌てぶりに、俺は居ても立っても居られなくなり提案した。


「じゃあ、私は戻るから翔馬君は先に学校に行ってて。ごめんね、私から一緒に登校しようなんて誘ったくせに」

「何言ってんだよ。俺も一緒に戻るよ」

「え……? で、でもそれじゃ翔馬君に申し訳ないよ」

「俺とぶつかった時に落としたんだったら、俺にも責任の一端はあるだろ。さっきの交差点なんてすぐそこなんだし、申し訳なく思う必要はないよ。それに、せっかくの『何かの縁』なんだから大事にしようぜ」

「……うん。わかった。ありがとう」


 わかった、と口では言いながらも、まだ申し訳なさそうな表情を浮かべつつ穂夏は頷く。


 今度は俺が先導するようにして、俺たちは元来た道を戻り始めた。


「あ、俺のことも翔馬でいいよ。俺だけ君付けっていうのも変だし」

「い、いや……それはちょっと……あの……その……」

「……もしかして嫌だった?」

「嫌っていうわけじゃないんだけど……その……」

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