旦那様の言葉と態度が…?



 ——エドガー、様……? 人が、死ぬ……?



 男の肩に乗っている鳥が言ったのだと、すぐに理解する。

 それに男たちの形相から得体の知れない不穏な気配を感じ取ったのは、エリアーナだけではないはずだ。


「旦那様……っ」


 アレクシスの服の袖を強く引っ張った。小さくかぶりを振り、もうこれ以上深入りしない方がいいと必死で目配せをして見せる。


 ——エリーが一緒でなければ無茶をしてでも探るところだが……ここまでか。


 ゆっくりとまばたきをすると、顔を上げたアレクシスは意に介さずと言わんばかりに爽やかな笑顔を作るのだった。


「わかった。装飾品は日を改めて見せてもらうよ。そのぶん今日は妻のドレスをいただこう」



 *



 衣装屋を出ると、陽の落ちかけた空には夕星が輝いていた。

 結局、店員の見立てで豪奢なドレスを三着も仕立てる事になり、それぞれ飾り付けなどの打ち合わせをしてかなりの時間を要したのだった。


 そぞろに行き交う街の人々を避けながら厩に向かう道中、エリアーナは堪えていたものを吐き出すように言う。


「あの、旦那様……っ。高価なものをたくさん買わせてしまって申し訳ありませんでした。視察の付き添いだけのつもりが……甘えてしまって」


 衣装屋にいた時もそうだったが、エリアーナが心から恐縮しているのが手に取るようにわかる。


「謝らなくていい。初めから購入するつもりだったし、何着でも良いと言ったのは俺なのだから」


 美麗な花とみまごう姿でエリアーナが試着室を出ると、周りの空気が一瞬で華やいだ。


 反王政組織の動向を探る目的をつい忘れてしまうほど、アレクシスはその都度エリアーナに見惚れた。ふとした瞬間にすぐ頬が緩みそうになるのをどうにか必死で堪えていたのだ。


 本当は山ほど買ってやりたい。組織と通じるこの店ではなく、素性の確かな店で。

 それにエリアーナが全力で「もうじゅうぶんだ」と拒否をしたのだから仕方がない。


の証拠は、掴めそうでしょうか……」

「確たる証拠は掴めなかったが、あの奥の部屋には組織の資金源になる盗品があると確信が持てた。それだけでも今日は時間を費やした甲斐があった」

「本当にまたあの場所に赴かれるのですか? 心が騒ついて嫌な予感しかしないのです」

「ああ。近日中にな」


「あのっ……」


 エリアーナが突然立ち止まったので、アレクシスも歩みを止める。


「どうした?」

「大切なお仕事だってわかっています。でも危ない場所にみすみす赴かれて、旦那様の身に何かあったら……っ」


 潤んだアメジストの瞳が縋るように見上げている。


「心配してくれるんだな」

「当たり前です……!」


 ——こんな冷たい態度しか取らない俺のことを、エリーは案じてくれるのか……?


「あなたは大切な……ジークベルト侯爵家の跡取りですから。何かあってはお義父様とお義母様が悲しまれます」


 そう言うと目を逸らせて俯いてしまう。

 エリアーナの心配は両親に向けられたもの。一瞬でも期待してしまった事をアレクシスは心から恥じた。


「国王から賜った任務だ。疎かにするわけにはいかない」

「有用かどうか、わからないのですが——聴こえたのです。男性の肩に乗っていた鳥の、声が」


 一瞬、エリアーナが何を言ったのか理解ができなかった。


「エドガーという人が、また来ると。綺麗なものが一つ減れば、また一つ増える。持ってきた人がまた死ぬ……と」


「それは何なのだ? 俺の耳には、何も」

「……私、物心がついた時から鳥や動物の声が聴こえるんです。話す事もできます。たぶん、私が授かった異能のひとつなのだと思います」


 アレクシスは虚を突かれたように息を呑んだ。

 半年前の狩猟場で見た光景が過ぎる。まるで猛鳥を手なづけたような姿——あの時も、エリアーナは鳥と会話していたのではなかろうか。もしもそうだとしたら納得がいく。


「あの鳥が言った『綺麗なもの』というのはおそらく、宝石や装飾品のこと。持ってきた人がまた死ぬと言うのは……」


「運び屋はその都度、殺害されるという事か」


「片言でしたから解釈が定かではありませんが、あの鳥は多分そう言ったのだと。それにエドガーという人のことを、とても怖がっていました」


「エドガー……」


 そう言えばと、アレクシスは宙を睨む。

 エドガー・コールドヴァイトという男の名が脳裏をかすめた。王政反乱組織と関わりがあると王宮内でも噂に名高い男の名だ。

 その正体は謎に包まれており、国王の密偵が探る重要参考人の一人に名を連ねている。


「もしもその情報が確かなら、エドガー・コールドヴァイトがあの店に出入りしている事になる。あの店が組織に関わっていることが明白になる……!」

「エドガー、コールドヴァイト?」

「ああそうだ。エリー、君のお手柄だよ……!」


 アレクシスは興奮していた。

 エリアーナをうっかり「エリー」と呼んでしまったのにも気付かぬほどに。再び店に赴かずとも、喉から手が出るほど欲していた情報が転がり込んで来たのだ。


「旦那様のお役に立てたのなら嬉しいです。良かった……っ」

 

 ふ、と愛らしい微笑みを見せるエリアーナを思い切り抱擁したい衝動に駆られてしまうが、そこはぐ、と堪えた。


 その代わり——


「君が聞いたのは有力な情報だ。有難う……」


 エリアーナの手を取り、すべらかな手の甲にちゅ、と唇を寄せた。


 ——だっ、旦那様……っ?!


 何が起こったのかわからず、エリアーナは虚を突かれた顔になる。


「それと。言いそびれていたが、ドレス……どれも似合っていて、とても綺麗だった」


 手の甲にふれたあたたかく柔らかな感触と、アレクシスから蕩けそうに優しい笑顔を向けられてどう反応していいものかわからない。


 そして——エリアーナを『綺麗だ』なんて、耳を疑いたくなるような甘い言葉にも。




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