不穏の香り(2)



 目に飛び込んできた光景に息を飲む。

 膨らんだ蕾が光をはらみながら開く瞬間を見たような気がした——。


 しなやかな身体の曲線を強調する意匠、灰紫色の髪は後頭部に緩やかに結えられ、白い首筋から繋がる豊かな胸の膨らみをあらわにしている。

 幼かった十歳の少女はもはや、アレクシスの見地を超えたところで色香を放つ大人の女性へと成長を遂げていた。


 目の前の愛おしいものに視線が張り付き、容易に引き剥がすことができない。かあっと熱くなった胸が鼓動を打ち鳴らし、全身の力が抜けてしまうような感覚にとらわれた。

 張り付いた熱い眼差しでエリアーナをただ見つめることしかできない。エリアーナの美しい立ち姿はまるで光を放っているかのようで、強調された胸元を気にして恥じらう様子がいじらしく、それは無自覚に男性の庇護欲を煽る天性のものだと言っても良かった。



 ——綺麗だと、言ってやりたい。褒めちぎるほどに褒めて、美しいのだと自覚させてやりたい。愛していると抱きしめて、恥じらう頬に溢れるほどのキスを落としたい。



 そんな衝動を胸の奥に押しやり、何度も深く呼吸をしてどうにか平静を取り戻す。これ以上見ていればほんとうに理性が効かなくなりそうだった。


「やっぱり……似合いませんよね……? すぐに着替えてきますからっ」


 エリアーナがカーテンの奥に逃げようとすると。

 待って、と呟いたアレクシスがそばに歩み寄る。


「妻に似合うものを君の見立てで購入しよう、何着でも構わない」


 そう言ってエリアーナの華奢な首筋に手を伸ばした。

 また触れられる?! と身構えれば、アレクシスは首に巻かれたネックレスを指先で持ち上げて、


「この装飾品だが、もっと品質の良いものは無いのか?」


 何着でも良いと聞いて店員の表情が一変する。たとえ一着でも馬一頭に相当するほど高価なのだ。ましてや上質な装飾品を出せとまで言う——これは間違いなく上顧客だと思わせるのにじゅぶんだった。


「有難うございます……! 意匠の細かいところを変更して唯一無二の一着にお仕上げをいたしますので、後ほど図面にて打ち合わせをしましょう。奥方様、他にお気に召したものは? ぜひたくさんお召しいただきたいですわ……!」


 店員がパチン、と手を叩けば奥の扉が開いて、黒づくめの正装に精悍な髭を生やした年長の男が姿を現した。続いて同じような風貌の男がもう一人現れる。肩には瑠璃色の飾り羽を立てた大きな鳥を乗せていた。


「高貴な旦那様の目に適う逸品は奥の部屋にございます。特別な御方のみにご紹介するものゆえ、我らが案内を」

「妻を一人きりにするのは心許ない。ここで見せてもらえないのか?」


 男たちが互いに目配せをするが、一人が無言で首を横に振る。


「申し訳ありませんが」

「それは残念だ。それとも、ここでは見せられない理由でもあるのか?」


 彼らのやりとりをカーテンの前で唖然と見守るエリアーナだが——どこからか聞きなれない声が聴こえたような気がした——いや、頭の中に届く声だ。エリアーナは奇妙なその声に意識を集中させる。


(えどがーさまが、またくるよ。えどがーさま、こわい。いやだよ、いやだよ。きれいなもの、いっこへると、いっこふえる。もってきたひと、またしぬよ。)




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