正直なライアー

柿沼 アオ

クレタ人は正直なタイプの嘘つきである

 常に嘘をついていると、どこで嘘をついていたか、どのような嘘をついていたかが曖昧になっていく。そして、嘘が長引くと、いずれ真実と嘘の境界が曖昧になっていく。


 私が、私を偽装し始めたのは、中学に入り始めたころだ。 

 私の家庭は父子家庭の一人っ子であった。8歳の時には、既に片親だったので、私は自身の生活を、普通のものとして認識していたし、別に苦しくもなかった。

 しかし、周りの人にとってはそうではなかったらしい。

「○○ちゃんは、お母さんがいないのに、強いんだね」

「○○ちゃんのお母さんは、なんでいないの?」

「こら、そんなことを言っちゃいけません。大変なんだから..」

 家庭の事情が知られる度にされる同情、哀れみ、余計なお世話。

 仮に言葉は言われずとも、その目が、少し伏せられたその目が語ってる。

 だから、中学校に入ってから、私は日常会話で家族の話になると

「あー、○○ちゃんのお母さんってそんな感じなんだー。私のお母さんは、とにかく掃除が苦手でさー」

 私が創り出したお母さんは、とてもよく

 家族の話が出て、こんなにも友達と盛り上がったのは、初めてだった。

 ただ、純粋に楽しかった。


(あぁ、こうすればよかったんだ)


と、初めて芸をして餌を貰った、サーカスの象のような気持ちになった。


 私が創り出した母親は、どうやら料理が苦手で、朝ドラで感動してしまうタイプの人間らしい。

 全くをもって誰なんだろうか、その母親ひと

は。


 味を占めてからは、簡単だった。

 次に創ったのは、弟だ。この時に私は、エピソードをつけると、より上手くいくことを知った。

 私の弟は、目玉焼きでフライパンを焦げ付かせたやつらしい。多分かわいい弟なんだろう。

 妹も、姉も創った。

 一人っ子よりも、兄弟がたくさんいた方が、幸せそうだから。

 一人より、みんなでいた方が、寂しくなさそうだから。


 私は、みんなの前では、明るく振舞った。“恵まれた環境で、望まれた成長をしている少女であること”これが、人気であり続ける秘訣だと気づいたから。



 そのうち、学校で、人狼ゲームというゲームをやる機会があった。

 そのゲームは、正直者に紛れた、嘘をつく役の人を当てるというのが醍醐味のゲームだ。その一回目のゲームの時、私は嘘をつく役だった。私は、いつも通りに嘘をつく。すると、のである。それはある意味当然で、日ごろから息をするように嘘を吐く人間がつく嘘なんて、見抜けるわけがない。


(まずい)


 誰もが嘘つきを見抜けないまま、ゲームが進む。全く分からない、みんなは首をかしげる。私は、”嘘が上手い人”というレッテルは避けたかった。

 日常で疑われれば、いつの日かは、ばれてしまう。

 故に嘘を重ねる。


「あれー、ルールが分からないんだけどー」


 シンプルな嘘。シンプルな嘘は、案外ばれない。論理をこねくり回してつくような、精密な嘘より、人はコロッと騙される。


「○○がルール分かってなかったのかよー。そりゃあ、○○が自分が嘘つきだって分からなかったら、ゲームが成立しないだろ」


「やりなおしだな。やりなおし!」


 みんなでやりなおした次のゲームで、私は正直者を引いて、ゲームはつつがなく終わった。


 私は、“分かりやすい嘘をつくこと”を学んだ。友達はこれを見破って、私の嘘を簡単だと錯覚する。ポイントは、視線を右斜め二十五°にして、少し上ずった声で早口にしゃべることだ。


 周りの人は、私を少し抜けている人と評価してくれるのは、ありがたかった。

 そんな人が、嘘を張り巡らせているとは誰も思われないから。

 周りの人は、私を嘘が下手だと思っているのは、ありがたかった。

 私の嘘なら見抜けるから大丈夫という安心を与えられるから。



 人の安心につけこむ私は何者なんだろうか。



 最近の私は、嘘をつくのに慣れてしまって、自分の本心が分からない。


「あなたが好き」と言ったこの言葉は、あなたに好かれるためについた嘘なんだろうか。「あの子が嫌い」と言ったこの言葉は、この子の話に合わせるためについた嘘なんだろうか。


 だから、最近の私は、たった一つだけ周りの人に本当のことを言うようにしている。これは、決して罪滅ぼしなんていうものではない。罪の意識なんていうのもは、とっくに薄れてぼやけてなくなってしまったから。

 ただ、いつか私が私を見失っても、確固たる事実が残るように。




 軽い調子でみんなにしゃべりかける


「ほら、やっぱり、私ってさ、嘘つくのめっちゃ上手いじゃん?」


 今日も、みんなは笑っている。

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正直なライアー 柿沼 アオ @violet-murasaki

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