第48話 本当の極意

 キホダトは鍛冶の神・生穂火きほほだちのかみを氏神とする鉱山都市だ。

 鉄鉱石を産出する鉱山のふもとには、刀鍛冶をはじめとした職人たちが集う。澪のさしりょうである〝千夜ちようず〟も、古くよりこの地を拠点とするひえ派の手による業物であった。


 温泉旅館〝鹿神ろっかん〟の一室に、ひとりギターを爪弾くけんがいた。

 練習しているのは、みおが好きだと言ってくれた一曲――飛行機事故で夭逝したあるギタリストが遺した小曲だ。


(うん。だいぶミスも少なくなってきた気がする)


 ライナーの手ほどきもあり、演奏も日々上達していた。武芸の腕もマシになってきてはいるが、やはり自分はこちらのほうが性に合っている。


(とは思うけど、できる限り両立させたいな……俺のためだけじゃなく)


 昼食までの時間を、今も仲間たちはそれぞれに過ごしているはずだ。

 カミーユは魔物の体素材を換金に出かけた。ライナーは街での情報収集だろう。

 澪はたしか、散歩に出ると言っていた。


(俺は……一人で出歩くとまた迷子になりそうだしな)


 宿の中を散策するぐらいなら平気だろうと、献慈は階下へ降りて行く。

 和風モダンな建物が取り囲む広々とした中庭。その横を通りがかった時だった。


 砂利が擦れ合う音、風を切る音に交じって、パラパラと拍手の音が聞こえてきた。

 縁側には男の子を膝に載せた女将が座り、周りにも仲居や宿泊客が数人いて何かを見物している。


 その中心にいたのは、


(澪姉――!?)


 抜き身の刀を手に新月流の剣舞を演じる澪であった。




「こんな所で何やってるの……?」


 ギャラリーが去った後、献慈は澪に近寄りながら尋ねた。


「んー……調理場借りる代わりに剣術を見せてほしいってせがまれちゃって」

「話のつながりがわからない……けど、あんな簡単に型とか見せびらかしちゃっていいの?」


 澪にとっては無用な心配であったようだ。


「形だけ知ってても意味ないもの。重心の位置とか、力の入れ具合とか、そういうちょっとしたコツが本当の極意だったりするの。献慈も楽器やってるからわかるんじゃない?」

「そう言われると……うん」


 澪は刀を納めると、そのまま柄を逆手に持ち、腰を落としながら鞘を立てるようにしてみせる。

 型稽古の前後に澪がこのような動作を取るのを、献慈は今までにも幾度か目にしたことがあった。


「その動作って礼法みたいなもの?」


 何となしに尋ねた献慈に、澪は「これも型の一つだよ」と答える。


「それ〝も〟?」

「〈新月しんげつ〉っていう、入門して最初に習う型なの。柄頭で相手の水月を突き上げる技……だと思う。多分」

「多分?」

「だって、この角度じゃどう頑張っても抜刀できないし」


 澪の言うとおり、刀は身が湾曲しているため、真っ直ぐ抜こうとすればどうしても鞘の中で引っかかってしまう。


「鞘を引く角度を変えてみるとか?」

「どうなんだろ……これにも何か要訣があるのかもしれないけど、私は中伝までしか修めてないから」


 先の不幸がなければ今頃は母親から新月流の奥伝、そして皆伝までを授かっていた未来があったかもしれない。


「お母さんのお師匠さん、今もイムガ・ラサにご健在らしいの。いつか会いに行って、きちんと剣を学んで、お母さんに追いつきたいと思ってる」

「叶えられるよ、澪姉なら」

「うん。私、まだ何もかも中途半端なままだから。まずは御子封じを成し遂げてからだね」


 澪が渡り廊下の方へ顔を向ける。聞こえていた二人分の足音がぴたりと止まった。


「ミオ姉たち部屋にいないんだもん、探しちゃったよ」

「ケンジ君も。ちょうどよかった」


 カミーユとライナーが揃ってこちらへ手招きしている。


「急ぎの知らせですか?」

「僕から説明します。何でも、近隣の村で誘拐事件が続発しているらしく、街道の行き来が難しくなりそうなのです」


 献慈たちが向かう首都方面への関所は検問も厳しく、奉行所の張った非常線も二三日中には解かれそうにないという。


「この近辺に私たち足止めってこと?」

「事件が解決しないことにはね。つっても他人任せにして待つのは性に合わないし、あたしらも山狩りに参加できないか組合に掛け合ってみるつもり」

「私も行く! 人さらいなんて放っておけないもの!」


 案の定、澪が協力に名乗りを上げる。となれば献慈が後に続くのは必然だった。


「俺も――」

「ちょっと待った。話にはまだ続きがあるから。助手、頼んだ」

「はいはい。問題は事件の被害者たちでして。どうも妙なのです」


 拉致や誘拐のターゲットといえば、通常は力の弱い者や金持ちの親族などを想像する。

 ところがこの一連の被害者は、手のつけられない暴れん坊や、賭け事で身持ちを崩した輩ばかりなのだ。


 ごろつきが数人失踪したところで気にかける者は少ない。事件の発覚が遅れた原因はそこにある。


「犯人からの声明もなく、目的も判然としませんが、手際の良さからして複数犯と見るのが妥当でしょう」

「どうも素人っぽくないんだよなー……少なくとも殴りっこしてハイ、参りましたで済むようなチンピラ風情とは訳が違う」


 二人とふたり――一線を越えた者とそうでない者との隔たりを、献慈は感じ取らずにはいられない。


「正義感の強いふたりのことだし止めはしない。けど、この件に首を突っ込むなら覚悟はしといてね。あたしからはそれだけ」

「……うん……」

「そんな顔しないでよミオ姉。頼まれてたのちゃんと持って来たからさ――はい」


 カミーユは小さな紙袋を澪へ手渡す。


「ありがと。今お金払うから……」

「いいって。薬局のおじさんに上目遣いでおねだりしたらタダで貰えたし」

(薬局……?)

「あ、ケンジが考えてるようないかがわしいモノじゃないから」

「か、考えてないよ!? 身体の具合とか気になって……」

「カラダの具合……」

「たっ、体調とか、そういう意味だから!」


 慌てて弁明する献慈をよそに、澪はぽかんとした面持ちで答えるのだった。


「あっ、違うの。これ、唐辛子。干方かんぽうとかでも使うでしょ?」

「唐辛子って、これから料理でも……――あっ」

「献慈、今日が何の日か憶えてる?」


 ギョクセツ・四日――九月四日は入山いりやま献慈の誕生日であった。

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