第47話 前に進めてる

 街道沿いの開けた岩場に魔物が入り乱れる。

 まずは申し訳程度に紛れた小鬼ゴブリンどもを、みおとふたりで排除に向かう。


(これは……〝あの時〟の曲だ)

「援護しますよ」


 〈戦歌クリークソング〉――鋭角なリフに乗せたライナーの呪楽じゅがくけんたちを後押しする。じょうの牽制技さえも一撃必倒の威力となるのには、頼もしさとともに恐ろしさをも覚える。


 邪魔者を早々に片づけ、敵の主力を迎え撃つ。


「献慈、気を抜いちゃ駄目だよ」

「わかってる」


 荒れ地に棲む魔物・ワイラだ。蝦蟇がまのようにぶよぶよした体は大型犬ほどの大きさで、背中には剛毛が逆立っている。


(一、二……全部で五体か)

「準備万端、〈疾風追奏ウィンドチェイサー〉!!」


 カミーユの頭上に浮遊したシルフィードが特大の風の刃を投射、それを追って彼女自身も風に姿を変え疾走する。十文字を描いた突風がワイラ三体を紙屑のごとく吹き飛ばした。


「ミオ姉、ケンジ、あとは任せた!」


 残り二体。ライナーは直前の効果を残しながら新たな効果を重ねがけする。


「メドレーといきましょう」

「助かります」


 次なる一曲は〈武想解除ディスアーム〉――敵の攻撃意思を阻害する。


「献慈、頑張って!」

(むこうはもう倒したのか……くっ! 〈霊甲シェル〉の使い方、これで合ってるのか?)


 鋭い鉤爪を持つワイラの四肢が幾度も体を掠めるが負傷には至らない。一進一退、悪戦苦闘の最中、異能の眼〈トリックアイ〉が反撃の隙を看破する。


「(今だ――)〈羽翅悲命はしひめ〉ッ!」


 攻防一体の対空攻撃が献慈のソロデビューを華々しく飾った。




「さて、僕は安全が確保できたと伝えて来ます」


 ライナーは岩陰に隠れた荷馬車の方へ歩いて行く。護衛の依頼人は次の目的地である町の役場職員たちであった。


「献慈、おつかれさま」


 ふたり道端の木陰へ入る。憩いのひととき。


「澪姉も……なんて、俺が言うのもおこがましいか」

「ううん。頑張ってたの、ちゃんと見てたよ」


 あの夜、浜辺での語らいを境に澪は少しだけ変わった。。


 ――感情任せで力を振りかざして、それで献慈やカミーユのこと守ってあげてるなんて勘違いしてた。


 ――だから、ちゃんと反省するね。


 十日前の出来事が昨日のことのように思い出される。


「……献慈? 疲れちゃった?」

「あ、ううん。大丈夫だよ」


 見下ろす土手の向こうには大きな川が横たわっていた。川辺で水を汲んだり、釣竿を傾ける旅人とおぼしき姿も窺える。

 涼しげな水音。秋の先触れを告げるそよ風も心地良く。


御子みこほうじの旅にも舟が使えれば楽できたのかな。この川、ナコイから首都圏まで続いてるんでしょ?」

「シヒラ川を遡るのは無茶だよ。下りなら早いと思うけど、どのみち私たちは帰りも歩きだから」


 そこまで言うと、澪は畏まった様子で献慈の正面へと回る。


「……ありがとね」

「急にどうしたの?」

「四年前……ここに来る手前で、断念するしかなかったから。その時よりも前に進めてるのは献慈のおかげだもの」


 「四年前」が何を意味するのかはすぐ思い当たる。


「俺はそんな大それたことしてないよ。それこそ命懸けで澪姉を守り抜いたお母さんのほうがよっぽど……」

「…………」

「……ごめん。思い出させちゃって」

「ううん。……思い出せないの」

「えっ……?」


 母娘がナコイを発ってすぐ後、澪の母・のりは襲いかかる人影から娘を守りながらそれを迎え撃った。

 襤褸ぼろを纏ったその影は背負った剣を手に取ることなく徒手空拳で迫る。結果、敵はあっけなく美法の刃の下に崩れ落ちた。


「どう考えても生きてられるケガじゃなかった。なのにあいつは……すぐに剣を抜いて起き上がってきた」


 剣を交えること数合、不意に動きを鈍らせた美法の体を敵の剣が刺し貫いた。


「……私が憶えてるのはそこまで」


 血溜まりの中に倒れた母親の亡骸と、そのそばで泣きじゃくる娘が、通りがかった商隊に保護された。

 敵の正体やその行方は今もって不明のままだ。


「あんなに強かったお母さんが戦いで命を落とすなんて、あの時まで想像もしてなかった。魔物に家族を奪われる人だってこの世界にはたくさんいるのに、心のどこかで他人事だって思ってたのかも……うちだけは特別なんだって」


 澪は木の幹に背中を預け、遠く川の向こう岸を見つめているようだった。

 言わずにはいられなかった。


「……特別だよ。澪姉がお母さんに抱いていた尊敬とか憧れまで、無理に世の中に当て嵌めなくてもいいと、俺は思う」


 痛みや苦しみは肩代わりしてあげられないから。


「献慈は……黙っていなくなったりしないでね」

「しないよ。絶対に」


 無力な自分にできる精一杯を、献慈は口にし続ける。

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