第33話 純真でいたいけな乙女
注文の品が届けられた。二種類のあんみつと、ライナーの頼んだ緑茶がテーブルへと置かれた。
「それではっ! いただきます!」
「では俺も。ご馳走になります」
「ん……ふぉ~いひぃ~♪」
「ちょっ、
「えへへー。隙ありー」
見る見る目減りしていく二人分のあんみつを見つめながら、
(澪姉ってば……ライナーさんに用があること忘れてないよな?)
宙に浮いてしまった話題をどうしたものか。思案するうち、入り口付近でざわめきが起こった。
「うおぉ……」
「可愛い~」
「お人形さんみたい!」
「すこシャンぞなもし~」
何事かと顔を上げる間もなく、その足音は真っ直ぐライナーのもとまで向かって来た。
「おや。カミーユもようやくお帰りですか」
(え? 誰…………ってあぁっ!?)
「お待たせライナ……ってあぁっ!? なんでここにオマェ……キミが!?」
カミーユと呼ばれたその人物こそ、献慈が昨日出会ったリコルヌの美少女であった。
「や、やぁ。奇ぐ――ぅッ!?」
目が合うなり、献慈は襟首を掴まれ店の外まで引きずり出されていた。
カミーユはつま先立ちでスイングドアの上から店内の連れに告げる。
「一分だけ相談するから!」
「ちょ、君、力強くない……?」
「うるせぇ!! ンなことよりオマエ……ライナーにあのこと喋ったりしてないよな……?」
「あのことって、な――」
「とぼけるなあァ――っ!!」
カミーユは鬼気迫る表情で献慈の胸倉を掴み、ねじり上げる。
「昨日の茶番、憶えてんだろぉがァッ! この純真でいたいけな乙女の口からとんでもない言葉を言わせようとしたこととかぁ! この可憐でおしとやかな乙女に公衆の面前で恥をかかせようとしたこととかぁ!」
「それって同じ……」
「黙らっしゃいぃァ!! たった今ぁ、三人であたしのこと笑いもんにしたりとかぁ、してたんじゃあないのかねぇえ!?」
「俺から言えるわけないだろ!? 澪姉……ゴニョゴニョ……だとか!」
いちいちツッコんでいたらキリがないので、献慈は少しだけ身を切る選択をした。
「なっ……なるほど。それもそうだな」
「まぁ、昨日は俺も調子に乗りすぎたと思うし、謝るよ。初対面であんな失礼な態度はまずかったと……(……ん?)」
「そっかそっか。わかりゃあいいんだよ」
(誰かさんもわかってくれればなぁ……)
献慈は沈黙によってその場を丸く収めるすべを身につけた。
カミーユを連れて席に戻ると、澪が神妙な面持ちで待っていた。
「あの……ごめんね。私たちだけであんみつ食べてたこと怒ってる?」
(そういう発想ね……)
「あ、いいよ。こっちはもう話ついたから」
カミーユは返答するや、テーブルに残された献慈の食べかけを刹那の早業で平らげてしまった。
「美味ぁ~」
(俺ほぼ食えてないんですけど!)
「献慈……自分のあんみつを犠牲に丸く納めてくれたんだね」
完全に澪の誤解ではあるが、尊敬のこもった眼差しは献慈のダメージをいくらか軽減してくれた。
それよりも注意を払うべきは、ライナーとカミーユの関係である。
「それでカミーユ、首尾のほうは?」
「抜け道があると想定して……正直あたしらだけじゃ不安かな」
「やはり。おふたりを引き止めておいて正解でしたね」
ライナーに続いてカミーユも、澪と献慈の方へ向き直る。
「いや~、こんな所でしれっと捕まえてやがるからびっくりしたわ」
「そもそも貴方が接触に失敗しなければ僕の出る幕でもなかったのですがね」
「テメェ……まぁいい。話は後だ」
「ええ――実はおふたりには僕たちからお頼みしたい件があるのですよ。話だけでも聞いていただけないでしょうか? 昨日お助けした恩返しとでも思って」
ここに来てライナーは初めて昨日の件を持ち出してきた。「恩返し」と言うからには恩を売った自覚があるということだ。
「私たちにですか?」
「貴方がたの実力を見込んでの頼み事です。もちろんタダでとは言いません」
「(実力……〝見ていた〟ってことか)澪姉」
「うん。私たちとしてもきちんとお礼はしておきたかったし、とりあえずお話から伺いましょう」
澪が承諾すると、カミーユは待ってましたとばかりに馴れ馴れしく献慈の肩を鷲掴みにする。
「よぉし、決まりだな。おらァ、こっち来いよ。あたしの部屋でゆっくり話しようぜぇ……ウヒャヒャ」
「わ、わかったから引っ張らないで……」
献慈が連行されて行く傍らで、いまだ席に座ったままのライナーに澪が声をかける。
「あなたは行かないの?」
「すぐに向かいますよ。このお茶を頂いた後に……フゥ~ッ、フゥ~ッ……どぅ熱ゥッ!!」
(まだ飲んでなかったんだ……)
ライナーをその場に放置し、三人は一足先に宿の二階へと移動を始めた。
* * *
★カミーユ イメージ画像
https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16817330666100497902
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