第34話 ラベンダーの香り

「改めまして、あたしは四等烈士カミーユ・シャルパンティエ」


 洋室の寝台に座る少女は、立ち姿とさほど変わらない背丈をしていた。


「私はおお曽根そねみお。よろしくね」

「ミオ姉さん」

入山いりやまけんっていいます」

「イリヤ・マッケンジー……そんな名前だったっけ?」


 申し合わせたような間違いぶりに、学校での苦い思い出がよみがえる。


「いりやま、けんじ、です」

「あー、ケンジな。舎弟の名前ぐらいは憶えといてやるか」

「俺は君の相棒になったつもりはな――」

「思い上がるなぁああっ!! 相棒ならとっくにいるッ!!」


 カミーユは突き出した拳の人差し指と小指とを立て、ハンドサインを形作る。


(あれは……メロイックサイン!)


 メタラーならば誰もが知る誇り高きシンボルに、献慈が気を取られた直後であった。


 カミーユの体から緑色の霧が濛々と立ち昇り、見る間に人の形を成していく。

 見間違えようはずがない。その姿こそ、小鬼に襲われかけた献慈を救った緑風の乙女そのものだったのだ。


「Teze ihyew kydek'se-ra.」


 風音を発する唇が何事かを伝えていた。落ち着いた佇まいの若き貴婦人。整った面立ちにはどこか絵画や彫刻めいた無機質さを覚える。


「ご覧のとおり、あたしは召喚士サモナーってわけ。この子は風の精霊シルフィード。よろしくねー」

(なるほど、さっきのは召喚のサインってわけか)

「Pimypal ono'ekohong.」


 ドレスの裾をつまみ恭しくお辞儀をするシルフィードに、献慈たちも揃って礼を返す。


「あの時は助けてくれてありがとう。シルフィードさん」

「はじめまして。献慈のこと、私からも感謝します」

「Tee...onakoong piguewtek.」


 シルフィードは一瞬身を固くしたものの、程なく顔を綻ばせる。


「この子もすごく喜んでるよ。ちゃんと挨拶返してくる人って珍しいから」

「そういうものかな――ぉあっ!?」

「Filzio-ry...sisadi mehesse zetekyu...」


 ふわりと身を躍らせたシルフィードが、献慈の顔を覗き込むように身をかがめてきた。その吐息が頬を撫でた刹那――己の内に閃く感覚に息を呑む。


(ラベンダーの香り――!)


 共感覚という単語が脳裏をよぎった。一つの知覚と同時に別の五感を生じさせる現象のことである。


(匂いの正体はきっと〝魔力〟だ。トゥーラモンドに来て初めて触れた未知の感覚が、俺の嗅覚と結びついて感じられたから……)

「Iesohu tereguek... zanasa k'tew-tek.」

「ケンジさぁ……あんまり見つめるからシルフィードが照れてるんだけど」


 カミーユの注意で献慈ははっと我に返る。


「あ! み、見つめてはない! 少し考え事してただけで……」

「Epemisi imynew jak-me...?」

「私のこと嫌いですか? だって」

「違っ……好き嫌いとは関係なく……」

「Enveny enape imyry tagerewsi...」

「やっぱり嫌いなの? って」

「(めんどくさい……)いや、まぁ……好きですよ。どちらかといえば」


 心ならずも口にした「好き」の一言にシルフィードが相好を崩す。途端、献慈との間に、なぜか澪が怒涛の勢いで割り込んで来た。


「そう! どちらかといえば! どちらかといえば、だから! だよね、献慈?」

「え? う、うん……(そこまで強調することなのか……?)」


 事が一段落した折を見計らったかのように扉がノックされる。




  *  *  *




★シルフィード / ライナー イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16817330666406010947

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