第32話 呪楽の歌い手
〝東方の薔薇〟こと
フォズ・イムガイが国の形を成すよりはるか前、彼女は地方豪族の娘として生を受けた。
鬼人族の中でも抜きん出た力の持ち主で、戦や魔物退治では獅子奮迅の活躍、一族による支配を盤石のものとする。
やがて起こった『
歴史の闇に消えた謎の職人集団・
戦いの後、彼女は家督を継ぐことなく、霊剣を手にいずこへと消息を絶つ。
戦で負った傷を癒しに海を渡ったのだとも、共に戦った男性と添い遂げるため新天地へ旅立ったのだとも伝えられている。
高らかに歌い上げられたイムガイゆかりの英雄譚は、聴衆を魅了していた。
遠巻きに見ていた
(このサウンド、様式美……まさしくメタルそのものじゃないか!)
切れ味鋭いリフに乗せられた勇ましいボーカル、起伏に富んだ情感豊かなソロは献慈をおなじみの熱狂へと駆り立てる。
それとともに献慈はある重要な事実にも思い当たっていた。
「ありがとうございました」
曲が終わり、青年が一礼する中、拍手と歓声が飛び交う。
「献慈、あの声って……」
「ああ。行ってみよう」
昨日耳にした歌声、
近づいて行くそばから、むこうもこちらを見ている。話は早そうだ。
「突然失礼します。お話をお伺いしてもよろしいですか?」
「ええ。おふたりとも、どうぞお掛けください」
勧められるままテーブルにつくと、青年は一礼し名を名乗った。
「ご機嫌麗しゅう。三等烈士のライナー・フォンターネです」
「ワツリ村から来た
「同じく
先んじて謝辞を述べるも、ライナーからはこれといった反応はない。
「まずはお近づきのしるしに食事でもいかがでしょう? よろしければご馳走いたしますよ」
「そうおっしゃられると……」
隣を窺う。さすがの澪もここは遠慮がが見える。
「いえ、食事代なら自分で払いますから」
「どうか遠慮なさらずに。僕には――コレがありますので!」
貴公子が優雅に取り出したるは一枚の紙片。
(まさかそれは……小切手――)
「組合員限定・デザート無料券! 期限切れ間近の大奮発です!」
(――じゃなかったぁ!)
「これ一枚で二人分がタダになる優れものですよ!」
「そ、そこまでおっしゃるなら……」
こうも得意げに出られては断りづらい。もっとも、澪のほうはとっくにお品書きとにらめっこ中であったが。
「(切り替え早ッ!)澪姉は何注文するの?」
「う~ん、う~ん……フルーツあんみつにぃ~、白玉クリームあんみつぅ……う~ん、選べなぁい……!」
「そんなの。俺が片方頼むから、ふたりで半分こすればいいじゃないか」
「…………!! けんじあたまいい! てんさい!」
「お、大袈裟だってば……」
献慈たちがじゃれ合っている間に、ライナーは通りがかったウエイターにそつなく注文をし終えていた。
「ふふ……随分と仲がよろしいようで。ところでおふたりは組合に何か依頼にいらしたのですか?」
「いえ、私たちイムガ・ラサまでの旅の途中で。ここに立ち寄ったのはその……見聞を広めるため、といったところでしょうか」
澪は献慈を窺いつつ、当たり障りのない返答でやり過ごした。
「良い心がけですね。おふたりの旅路に、僕の歌が少しでも花を添えることができたのであれば喜ばしい限りです」
「それはもう。歌も演奏も素晴らしくて、メタル……ええと、俺の好きな音楽に通じるところもありますし」
「ケンジ君は英雄譚がお好きなのですね。ますますイムガイとの縁を感じます」
「縁ですか……(俺、イムガイ人じゃないけど)」
「ええ。先ほどの歌に登場した那梨陀の霊剣、実は巡り巡って僕の故郷ヴェロイトまで伝わっているのですよ」
ヴェロイト帝国は歴史と格式を重んじる西の大国だ。イムガイとは直接の国交はないが、一部諸侯と大名との間には小規模ながら数世紀にわたる交流があり、今日のイムガイ近代化に与えた影響も少なくないと聞く。
「〝ドナーシュタール〟というのが霊剣の我が国での呼び名です。今では国宝とされていまして、皇帝の命を賜った勇者ヨハネスの……失礼。ミオさんには退屈なお話のようで」
あんみつの到着を待つ澪は心ここにあらずと言った風だ。
「いえっ、逆に聞き入ってしまったというか……勇者ヨハネス、でしたよね。変わったお名前だなぁって」
「ヴェロイトではそう珍しくない名前ですよ。僕の知っている限りでも二人ほど……おや、お待ちかねのご到来です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます