第32話 呪楽の歌い手

 〝東方の薔薇〟ことおうは一〇八星に名を連ねる〝烈士〟である。


 フォズ・イムガイが国の形を成すよりはるか前、彼女は地方豪族の娘として生を受けた。

 鬼人族の中でも抜きん出た力の持ち主で、戦や魔物退治では獅子奮迅の活躍、一族による支配を盤石のものとする。


 やがて起こった『十三年戦争トレットノリガ・クリゲット』においても、璃旺の比類なき武勇は頼みとされた。

 歴史の闇に消えた謎の職人集団・那梨陀なりだより授かった雷の霊剣を携え、悪魔の軍勢に立ち向かう局面は、物語としてのクライマックスだ。


 戦いの後、彼女は家督を継ぐことなく、霊剣を手にいずこへと消息を絶つ。

 戦で負った傷を癒しに海を渡ったのだとも、共に戦った男性と添い遂げるため新天地へ旅立ったのだとも伝えられている。




 高らかに歌い上げられたイムガイゆかりの英雄譚は、聴衆を魅了していた。

 遠巻きに見ていたけんたちも例外ではない。


(このサウンド、様式美……まさしくメタルそのものじゃないか!)


 切れ味鋭いリフに乗せられた勇ましいボーカル、起伏に富んだ情感豊かなソロは献慈をおなじみの熱狂へと駆り立てる。

 それとともに献慈はある重要な事実にも思い当たっていた。


「ありがとうございました」


 曲が終わり、青年が一礼する中、拍手と歓声が飛び交う。

 みおが小さく耳打ちしてきた。


「献慈、あの声って……」

「ああ。行ってみよう」


 昨日耳にした歌声、呪楽じゅがくの歌い手はあの青年に違いなかった。

 近づいて行くそばから、むこうもこちらを見ている。話は早そうだ。


「突然失礼します。お話をお伺いしてもよろしいですか?」

「ええ。おふたりとも、どうぞお掛けください」


 勧められるままテーブルにつくと、青年は一礼し名を名乗った。


「ご機嫌麗しゅう。三等烈士のライナー・フォンターネです」

「ワツリ村から来たおお曽根そね澪といいます」

「同じく入山いりやま献慈です。早速ですが、昨日は危ないところをご助力いただいてありがとうございました」


 先んじて謝辞を述べるも、ライナーからはこれといった反応はない。


「まずはお近づきのしるしに食事でもいかがでしょう? よろしければご馳走いたしますよ」

「そうおっしゃられると……」


 隣を窺う。さすがの澪もここは遠慮がが見える。


「いえ、食事代なら自分で払いますから」

「どうか遠慮なさらずに。僕には――コレがありますので!」


 貴公子が優雅に取り出したるは一枚の紙片。


(まさかそれは……小切手――)

「組合員限定・デザート無料券! 期限切れ間近の大奮発です!」

(――じゃなかったぁ!)

「これ一枚で二人分がタダになる優れものですよ!」

「そ、そこまでおっしゃるなら……」


 こうも得意げに出られては断りづらい。もっとも、澪のほうはとっくにお品書きとにらめっこ中であったが。


「(切り替え早ッ!)澪姉は何注文するの?」

「う~ん、う~ん……フルーツあんみつにぃ~、白玉クリームあんみつぅ……う~ん、選べなぁい……!」

「そんなの。俺が片方頼むから、ふたりで半分こすればいいじゃないか」

「…………!! けんじあたまいい! てんさい!」

「お、大袈裟だってば……」


 献慈たちがじゃれ合っている間に、ライナーは通りがかったウエイターにそつなく注文をし終えていた。


「ふふ……随分と仲がよろしいようで。ところでおふたりは組合に何か依頼にいらしたのですか?」

「いえ、私たちイムガ・ラサまでの旅の途中で。ここに立ち寄ったのはその……見聞を広めるため、といったところでしょうか」


 澪は献慈を窺いつつ、当たり障りのない返答でやり過ごした。


「良い心がけですね。おふたりの旅路に、僕の歌が少しでも花を添えることができたのであれば喜ばしい限りです」

「それはもう。歌も演奏も素晴らしくて、メタル……ええと、俺の好きな音楽に通じるところもありますし」

「ケンジ君は英雄譚がお好きなのですね。ますますイムガイとの縁を感じます」

「縁ですか……(俺、イムガイ人じゃないけど)」

「ええ。先ほどの歌に登場した那梨陀の霊剣、実は巡り巡って僕の故郷ヴェロイトまで伝わっているのですよ」


 ヴェロイト帝国は歴史と格式を重んじる西の大国だ。イムガイとは直接の国交はないが、一部諸侯と大名との間には小規模ながら数世紀にわたる交流があり、今日のイムガイ近代化に与えた影響も少なくないと聞く。


「〝ドナーシュタール〟というのが霊剣の我が国での呼び名です。今では国宝とされていまして、皇帝の命を賜った勇者ヨハネスの……失礼。ミオさんには退屈なお話のようで」


 あんみつの到着を待つ澪は心ここにあらずと言った風だ。


「いえっ、逆に聞き入ってしまったというか……勇者ヨハネス、でしたよね。変わったお名前だなぁって」

「ヴェロイトではそう珍しくない名前ですよ。僕の知っている限りでも二人ほど……おや、お待ちかねのご到来です」

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