第31話 可愛い子ちゃん

「どういう意味ですか?」


 シグヴァルドは眉をひそめ、腕組みを解いた。


「そのままだよ。過去にその楽園だの理想郷だのいうのを探しに出た烈士はごまんといたさ。結果、何も見つからず仕舞いだ。今日日ユードナシアなんざに興味を示す奴ぁよほどの物好きだけだろうな」

「そんな! 私たちは……!」

「キツい言い方になっちまって悪ぃな。オレやノーラも……個人的にそういう奴を知っていてよ。あいつの人生が無駄だったとは思わねぇが、若いあんたらにおいそれと二の舞を踏ませるわけにもいかねぇ」

「…………」


 拳を握りしめたまま、みおはゆっくりと下を向いた。

 元はと言えば自分のためなのに、かける言葉が思いつかない。帰る希望が薄らいだことよりも、澪の力になれないことのほうがつらい。


「それでも調査依頼を出すってんならオレは止めねぇよ。引き受けてくれる奴が現れる保証はねぇがな。だったらいっそのこと――」

「いっそのこと自分で探し出せばいい」


 唐突な発言に、けんは澪の真意を計りかねていた。


「澪姉、どういうこと……?」

「他人任せにするなんて私の柄じゃないもの。お母さんの跡を継いで、それで献慈のためにも働けるってなら私、烈士になるよ……今すぐにでも!」

「ちょ、ちょっと待って! 今すぐって……御子みこほうじの旅はどうするの!?」

「それは烈士をやりながら続ければいいし!」

「だからってそんな急がなくても、旅を終わらせてから……」

「村に戻ってからじゃ遅いのっ!」


 自ら白状したも同じであった。献慈が問いただすそばから、澪は視線を背け始めている。


「それは、お父さんに反対されるから?」

「…………うん」

「そっか。もしかして旅に出る前からこうしようと……?」

「そ、それは違う! ここに……お母さんも昔はよく通ってたんだなって思ったら、急に気持ちが騒いで……本当に、嘘じゃないから!」


 先ほど澪が入り口でそわそわしていた理由が、献慈は今になって腑に落ちた。


「信じるよ。澪姉ってそういう勢い任せなとこあるからね」

「それは……ごめんなさい」

「謝ることなんてないよ。澪姉のそういうところ、俺は好きだし」

「うん…………えっ!?」


 飛び上がらんばかりに驚く澪のリアクションを受けて、献慈は改めて直前の自分の発言を振り返る。


 ――俺は好きだし……

 ――好きだし……

 ――好き……


「あ! あの、つまり、そういう積極的なところをですね! じ、自分も見習いたいな~っていう意味の、ね?」

「…………はぁ」


 への字を描く澪の眉が何かを訴えかけている。


「(わかりにくかったかな……?)よ、要するにさ、御子封じがちゃんと終わった後で、改めて……」

「……改めて?」

「い、一緒に……」

「一緒に……!?」


 澪の瞳が爛々と輝きだす。


「俺も烈士になる、ってことで! どうかな?」

「…………」


 澪の瞳が少し曇った気がする。


(……つい……勢いで言ってしまった……)

「……いいよ」


 ふくれっ面が気にかかりはするが、とりあえず納得はしてくれたらしい。

 しばらく静観していたシグヴァルドが、頃合いとばかりに口を開く。


「どうやら話はまとまったようだな」

「はい。今すぐどうこうは決められませんが、いずれまた貴方にはご面倒かけるかと思います」

「オレをご指名か? こりゃ次に来る時まで頑張って仕事を続けねぇとな」


 献慈たちは揃って頭を下げ、シグヴァルドに別れを告げる。

 シグヴァルドは澪へは目礼、献慈に対しては茶目っ気たっぷりのウインクで応じた。


「じゃあな、可愛い子ちゃん。そっちの姉ちゃんと仲良くな」

「あ、はい……………………」


 「可愛い子ちゃん」と「姉ちゃん」。


(…………ん…………!?)




 ふたりは受付から酒場の方へと引き返して来る。


「意外といい人だったね、シグヴァルドさん。最初は献慈に色目使ったりして、『何なのこの人!?』って思ったけど」

(そっかぁ……そうだよなぁ……)

「ん? どうかした?」


 きょとんとして振り返る澪の顔を、献慈はまじまじと見つめ返す。


「(たしかに……澪姉はどっちかってというと『可愛い子ちゃん』ってよりも)美人だよなぁって思って」

「……ッ……!! ご、ごめん、もう一回言って?」

「あぁ、べつに深い意味はないんだけどさ」

「ないんだ……」


 またしても澪に落胆の色が見える。上の空で会話していたのがバレたのだろう。

 気を取り直して、献慈は澪に感謝を告げる。


「それより、さっきはありがとう。俺が困ってるの見て、わざと親密なふりしてくれたんでしょ?」

「あれは……それこそ深い意味とかないし……」


 口を尖らせ一度はそっぽを向いた澪の視線が、不意に別の方へ逸れた。

 献慈もつられてそちらを窺う。壁際のテーブルに座った人物が周りの注目を集めていた。


 刺繍入りのハーフコートを着た金髪の美青年が、おもむろに楽器を取り出そうとしている。

 異国の吟遊詩人だろうか。端正かつ中性的な顔立ちには気品さえ感じられた。


「綺麗な男の人だねー」

「……そうだね」


 何となしに発せられた澪のつぶやきが、献慈の胸にちくりと棘を立てる。努めて冷静を演じる自分を滑稽に思いがらも、目を動かせずにいる。

 調弦の音に身を震わす緋色のボディがこちらを誘っている。


(七弦ギター……ピックアップが積んである。あれも魔導器か)

「手慣らしに一曲、よろしいでしょうか?」


 穏やかながらよく通る声であった。沸き起こる拍手に促され、青年は鮮烈なアップストロークを弾き出す。


 古の英雄譚がここに幕を開けた。

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